Runaway Love
80
――辞令。
営業部第一課主任、早川崇也――営業部第一課課長補佐
経理部部長、井本一弘――電算管理室室長
同部長代理、大野雅人――経理部長
同主任、杉崎茉奈――経理部部長代理
同、野口駆――経理部主任
以上、任命する。
一階のロビー脇の掲示板に貼り出された辞令には、かなりの人間が群がっていた。
あたしはそれを横目に、エレベーターを待つ。
後方から聞こえる小声での会話には、耳を貸さない。
「おはようございます、杉崎主任」
「――おはよう、野口くん」
すると、野口くんが隣に立って、あたしを見下ろして挨拶をしてきた。
「辞令、出ましたね」
「ええ」
それだけ言うと、二人とも前を向く。
エレベーターの到着音がして、扉が気だるそうに開いた。
同時に乗り込むと、あたしはチラリと野口くんを見上げる。
「――誰も来ませんね。閉めますよ」
「そうね」
淡々とした会話。
前は、それで安心できたのに――今は心がざわつく。
――……我慢して、この態度なんだろうか。
一応、別れた以上、あまり踏み込んだ事を聞くのもはばかれる。
「――ああ、言い忘れました。……お帰りなさい。本社はニか月ぶりくらいですね」
「……そうね。……ただいま」
お互いに、少しだけぎこちなく微笑み合う。
いまだに、どういった態度が正解なのか、わからない。
そんな事を思ってると、すぐに五階に到着。
開いたドアから見える景色に、懐かしさが込み上げる。
――やっぱり、ここが、あたしの居場所なんだ。
「あ!杉崎主任、お帰りなさいー!!」
「……ただいま、外山さん」
経理部の部屋のドアを開けた途端、外山さんが飛びつくようにやって来て、そう、笑顔で言った。
だが、すぐに、慌て出す。
「外山さん?」
「す、すみません!杉崎代理ですね!昇進、おめでとうございます!」
「……そんなに、かしこまらないでちょうだい。肩書が変わっただけよ」
「でも、あたし以外、みんな昇進じゃないですか」
眉を下げながら、彼女はそう言って、席に着く。
すでに、パソコンは立ち上がっていて、書類が広げられていた。
――なるほど。
先日の大野さんの言葉を思い出す。
彼女が早出する必要がある程に、忙しいという訳か。
「まあ、ウチは成果主義というか……基本、結果が見えたら、昇進ってカンジだから。外山さんだって、きちんと仕事していれば、あっという間よ?」
まあ、それには、上の方の査定が必要だが、直属の上司の評価が一番響く。
今回のあたし達のヤツは、これまでの忙しさの報奨といった意味も含まれているのだろう。
「でも、あたしは、まだまだですから」
「そんな事無いわよ――」
「おう、おはようさん、久し振りだな、杉崎」
そんな会話をしていると、後ろから大野さんがファイルを抱えて、部屋に入って来た。
あたしは、すぐに、姿勢を正して頭を下げる。
「おはようございます。一か月、ありがとうございました」
「大阪はどんなだったよ?忙しそうか?」
「ええ、新規顧客が一気に増えたので、事務処理が大変でしたけれど。――向こうの方が、かなり有能な方だったので、割と新人教育に専念する事ができました」
大野さんは、うなづきながら、自分の席に着くと、ファイルをドサリと置く。
「そうか。じゃあ、向こうは心配無さそうだな。――で、全員、ちょっといいか」
そう言って、大野さんがあたし達を見回す。
改まった感じに、外山さんは立ち上がり、あたしと野口くんは、そのまま大野さんの言葉を待った。
「今日、辞令が下りた。オレは部長、杉崎が部長代理、野口が主任にそれぞれ上がる訳だが――以前から、仕事を振っていた事もあるし、これといって大きな引き継ぎがある訳でも無ぇ」
かしこまった状態でいたあたし達は、一瞬にして、気が抜けた。
「……大野さん……何かあるのかと思ったんですけど……」
あたしは、そうボヤいた後、外山さんにつつかれた。
「杉崎代理」
「あ、そっか」
言われて気がつく。それくらい、この呼び方に慣れきっていたのだ。
「――大野部長」
大野さんは、苦笑いで肩をすくめた。
営業部第一課主任、早川崇也――営業部第一課課長補佐
経理部部長、井本一弘――電算管理室室長
同部長代理、大野雅人――経理部長
同主任、杉崎茉奈――経理部部長代理
同、野口駆――経理部主任
以上、任命する。
一階のロビー脇の掲示板に貼り出された辞令には、かなりの人間が群がっていた。
あたしはそれを横目に、エレベーターを待つ。
後方から聞こえる小声での会話には、耳を貸さない。
「おはようございます、杉崎主任」
「――おはよう、野口くん」
すると、野口くんが隣に立って、あたしを見下ろして挨拶をしてきた。
「辞令、出ましたね」
「ええ」
それだけ言うと、二人とも前を向く。
エレベーターの到着音がして、扉が気だるそうに開いた。
同時に乗り込むと、あたしはチラリと野口くんを見上げる。
「――誰も来ませんね。閉めますよ」
「そうね」
淡々とした会話。
前は、それで安心できたのに――今は心がざわつく。
――……我慢して、この態度なんだろうか。
一応、別れた以上、あまり踏み込んだ事を聞くのもはばかれる。
「――ああ、言い忘れました。……お帰りなさい。本社はニか月ぶりくらいですね」
「……そうね。……ただいま」
お互いに、少しだけぎこちなく微笑み合う。
いまだに、どういった態度が正解なのか、わからない。
そんな事を思ってると、すぐに五階に到着。
開いたドアから見える景色に、懐かしさが込み上げる。
――やっぱり、ここが、あたしの居場所なんだ。
「あ!杉崎主任、お帰りなさいー!!」
「……ただいま、外山さん」
経理部の部屋のドアを開けた途端、外山さんが飛びつくようにやって来て、そう、笑顔で言った。
だが、すぐに、慌て出す。
「外山さん?」
「す、すみません!杉崎代理ですね!昇進、おめでとうございます!」
「……そんなに、かしこまらないでちょうだい。肩書が変わっただけよ」
「でも、あたし以外、みんな昇進じゃないですか」
眉を下げながら、彼女はそう言って、席に着く。
すでに、パソコンは立ち上がっていて、書類が広げられていた。
――なるほど。
先日の大野さんの言葉を思い出す。
彼女が早出する必要がある程に、忙しいという訳か。
「まあ、ウチは成果主義というか……基本、結果が見えたら、昇進ってカンジだから。外山さんだって、きちんと仕事していれば、あっという間よ?」
まあ、それには、上の方の査定が必要だが、直属の上司の評価が一番響く。
今回のあたし達のヤツは、これまでの忙しさの報奨といった意味も含まれているのだろう。
「でも、あたしは、まだまだですから」
「そんな事無いわよ――」
「おう、おはようさん、久し振りだな、杉崎」
そんな会話をしていると、後ろから大野さんがファイルを抱えて、部屋に入って来た。
あたしは、すぐに、姿勢を正して頭を下げる。
「おはようございます。一か月、ありがとうございました」
「大阪はどんなだったよ?忙しそうか?」
「ええ、新規顧客が一気に増えたので、事務処理が大変でしたけれど。――向こうの方が、かなり有能な方だったので、割と新人教育に専念する事ができました」
大野さんは、うなづきながら、自分の席に着くと、ファイルをドサリと置く。
「そうか。じゃあ、向こうは心配無さそうだな。――で、全員、ちょっといいか」
そう言って、大野さんがあたし達を見回す。
改まった感じに、外山さんは立ち上がり、あたしと野口くんは、そのまま大野さんの言葉を待った。
「今日、辞令が下りた。オレは部長、杉崎が部長代理、野口が主任にそれぞれ上がる訳だが――以前から、仕事を振っていた事もあるし、これといって大きな引き継ぎがある訳でも無ぇ」
かしこまった状態でいたあたし達は、一瞬にして、気が抜けた。
「……大野さん……何かあるのかと思ったんですけど……」
あたしは、そうボヤいた後、外山さんにつつかれた。
「杉崎代理」
「あ、そっか」
言われて気がつく。それくらい、この呼び方に慣れきっていたのだ。
「――大野部長」
大野さんは、苦笑いで肩をすくめた。