Runaway Love
部長代理としての仕事は、今までのもの、プラスアルファといったところで、大野さんと引き継ぎをしながら、同時進行で処理を進めていく。
「杉崎、ちょっといいか」
「ハイ」
すると、大野さんが立ち上がり、あたしを呼んだ。
「これから、予算の調整確認に行ってくれねぇか。前にやった感じで」
一瞬にして、大野さんの表情が変わる。
完全に、仕事モードに入った。
「――ハ、ハイ」
あたしは、立ち上がると、緊張で背筋を伸ばす。
前は、大野さんが一緒だったが、今回は一人だ。
各部署への配分最低ラインのメモを取る。
「で、悪いが、今年度の残りと、来年度の予算自体、全体的に減額するぞ」
「え」
「――大阪支社がらみだ。井本さんの時には、まだ、保留中だったから、予算自体、以前の基準で算出されてたんでな。これから、大阪工場の方にも振らなきゃいけねぇが、補正分も限度がある」
「……わかりました」
「それが終わったら、すぐに、オレが持ってた仕事で、前にやらなかったトコの説明だ」
「ハイ。――行ってきます」
あたしは、渡された各部署の予算関係の書類を持ち、部屋を出た。
最初は、やはり営業部だ。
若干気まずいが、仕事は仕事。
エレベーターで降りると、すぐに営業部の部屋を見渡した。
すると、そこにいた社員のほぼ全員の視線が、あたしに集中する。
――こんなのは、今さらだ。
「――す「どうした、杉崎」
息を吸い、言葉を発しようとした瞬間、後ろから声がかけられ、そのまま飲み込んでしまった。
振り返り見上げると、早川が書類を抱えてあたしを見下ろしている。
「は、早川」
「ああ、予算か?部長呼ぶか」
わかったようにうなづくと、早川はさっさと部屋の中に行き、榎本部長に声をかけた。
「おお、部長代理!さっそく、仕事かい!」
「――よろしくお願いします」
からかうように言われ、あたしは表情を消す。
この人には、淡々と返した方が楽だ。
榎本部長は、若干苦笑いで頭をかくと、奥の部屋を指さした。
「じゃあ、そっちの部屋で頼むわ」
「ハイ」
あたしは、うなづくと、彼の後ろをついていく。
今までとは、立場が違うのだ。
ざわつく部屋の中を通り、会議室に入る。
すると、早川が声をかけてきた。
「部長、セクハラ事案になると困るんで、ドア、開けておきますよ」
「おお、そうだな。女性と二人はマズいよな」
あたしは、その言葉に引っかかるが、あまり細かい事を突っ込むと面倒になりそうなので、黙っておく。
「さて、じゃあ、再来月――十二月の予算かい」
榎本部長は、にこやかに、だが、少しだけ圧を感じさせながら、あたしを見やる。
二人、部屋の真ん中に置かれた机に書類を置き、パイプ椅子に向かい合って座る。
「――ハイ。繁忙期なのは承知の上で、少々の減額をお願いします」
「ハア?――理由は」
あたしは、大野さんに言われた通りの説明をする。
「――そういった理由で、来年度も減額を念頭に置いてください」
「……他部署からは流せないのかい。ウチは、営業だぞ。会社の顔が、予算気にして動けると思うのか」
榎本部長は、にらむようにあたしを見る。
――けれど、これで怯んでいたら、仕事にならない。
「申し訳ありませんが、致しかねます」
「ほとんど使ってないところだって、あるんだろ」
「ありません。全部署、割り当てられた予算内で、どうにか回していただいております」
お互いに、にらみ合う。
大野さんの時は、穏やかな交渉だったのに。
これは――女だから、なめられているのか。
「営業だけ、特別扱いはできません。――ご不満があれば、社長に直接おっしゃったらいかがですか」
あたしはそう言うと、予算表を差し出す。
そして、榎本部長を真っ直ぐに見た。
「大野部長が、最大限譲って、この額です。大阪支社の今後いかんで、増額できるかが決まるでしょうから、営業部一丸で頑張っていただければ」
――引き下がってたまるか。
最初が肝心。一回受け入れてしまえば、次からも、なし崩しになってしまうのは目に見えている。
すると、榎本部長は大きく息を吐いた。
「ああ、ああ、わかった、わかった。杉崎部長代理。じゃあ、ご期待に添えるよう、頑張ってみましょうかね」
「よろしくお願いします」
あたしは、立ち上がると、一礼する。
そして、書類を揃えて抱えると、ため息をつきながら立ち上がった榎本部長を見やった。
「――けれど、それを理由に、営業に自腹を切らせるような真似はおやめくださいね」
その言葉に、榎本部長は、苦り切ってうなづいた。
「杉崎、ちょっといいか」
「ハイ」
すると、大野さんが立ち上がり、あたしを呼んだ。
「これから、予算の調整確認に行ってくれねぇか。前にやった感じで」
一瞬にして、大野さんの表情が変わる。
完全に、仕事モードに入った。
「――ハ、ハイ」
あたしは、立ち上がると、緊張で背筋を伸ばす。
前は、大野さんが一緒だったが、今回は一人だ。
各部署への配分最低ラインのメモを取る。
「で、悪いが、今年度の残りと、来年度の予算自体、全体的に減額するぞ」
「え」
「――大阪支社がらみだ。井本さんの時には、まだ、保留中だったから、予算自体、以前の基準で算出されてたんでな。これから、大阪工場の方にも振らなきゃいけねぇが、補正分も限度がある」
「……わかりました」
「それが終わったら、すぐに、オレが持ってた仕事で、前にやらなかったトコの説明だ」
「ハイ。――行ってきます」
あたしは、渡された各部署の予算関係の書類を持ち、部屋を出た。
最初は、やはり営業部だ。
若干気まずいが、仕事は仕事。
エレベーターで降りると、すぐに営業部の部屋を見渡した。
すると、そこにいた社員のほぼ全員の視線が、あたしに集中する。
――こんなのは、今さらだ。
「――す「どうした、杉崎」
息を吸い、言葉を発しようとした瞬間、後ろから声がかけられ、そのまま飲み込んでしまった。
振り返り見上げると、早川が書類を抱えてあたしを見下ろしている。
「は、早川」
「ああ、予算か?部長呼ぶか」
わかったようにうなづくと、早川はさっさと部屋の中に行き、榎本部長に声をかけた。
「おお、部長代理!さっそく、仕事かい!」
「――よろしくお願いします」
からかうように言われ、あたしは表情を消す。
この人には、淡々と返した方が楽だ。
榎本部長は、若干苦笑いで頭をかくと、奥の部屋を指さした。
「じゃあ、そっちの部屋で頼むわ」
「ハイ」
あたしは、うなづくと、彼の後ろをついていく。
今までとは、立場が違うのだ。
ざわつく部屋の中を通り、会議室に入る。
すると、早川が声をかけてきた。
「部長、セクハラ事案になると困るんで、ドア、開けておきますよ」
「おお、そうだな。女性と二人はマズいよな」
あたしは、その言葉に引っかかるが、あまり細かい事を突っ込むと面倒になりそうなので、黙っておく。
「さて、じゃあ、再来月――十二月の予算かい」
榎本部長は、にこやかに、だが、少しだけ圧を感じさせながら、あたしを見やる。
二人、部屋の真ん中に置かれた机に書類を置き、パイプ椅子に向かい合って座る。
「――ハイ。繁忙期なのは承知の上で、少々の減額をお願いします」
「ハア?――理由は」
あたしは、大野さんに言われた通りの説明をする。
「――そういった理由で、来年度も減額を念頭に置いてください」
「……他部署からは流せないのかい。ウチは、営業だぞ。会社の顔が、予算気にして動けると思うのか」
榎本部長は、にらむようにあたしを見る。
――けれど、これで怯んでいたら、仕事にならない。
「申し訳ありませんが、致しかねます」
「ほとんど使ってないところだって、あるんだろ」
「ありません。全部署、割り当てられた予算内で、どうにか回していただいております」
お互いに、にらみ合う。
大野さんの時は、穏やかな交渉だったのに。
これは――女だから、なめられているのか。
「営業だけ、特別扱いはできません。――ご不満があれば、社長に直接おっしゃったらいかがですか」
あたしはそう言うと、予算表を差し出す。
そして、榎本部長を真っ直ぐに見た。
「大野部長が、最大限譲って、この額です。大阪支社の今後いかんで、増額できるかが決まるでしょうから、営業部一丸で頑張っていただければ」
――引き下がってたまるか。
最初が肝心。一回受け入れてしまえば、次からも、なし崩しになってしまうのは目に見えている。
すると、榎本部長は大きく息を吐いた。
「ああ、ああ、わかった、わかった。杉崎部長代理。じゃあ、ご期待に添えるよう、頑張ってみましょうかね」
「よろしくお願いします」
あたしは、立ち上がると、一礼する。
そして、書類を揃えて抱えると、ため息をつきながら立ち上がった榎本部長を見やった。
「――けれど、それを理由に、営業に自腹を切らせるような真似はおやめくださいね」
その言葉に、榎本部長は、苦り切ってうなづいた。