Runaway Love
 その後、各部署を回り、同じような反応をされながらも、どうにか減額に納得してもらえた。
「お帰り、杉崎、どうだった」
 部屋に戻ると、大野さんが少々不安そうにあたしに尋ねた。
「――どうにか納得していただきました」
「そうか、サンキュ。さすがだな。オレなんて、最初は、すげぇゴネられたのに」
 そう言いながら、机の上の書類をあたしに手渡した。
「じゃあ、これから、こっちの説明を始めるから」
「ハイ」
 それから、次から次へと新しい仕事を教えられ、終業時にはパンク寸前になってしまった。

 本社に戻って初日から残業一時間。
 だが、気にはならなかった。
 昔のような――忙しいけれど、穏やかな日々。
 懐かしさのような気持ちで、仕事を終える。
 全員で部屋を出て、エレベーターを待っている間、あたしは雑談のように軽く、隣にいた外山さんに尋ねた。
「今日は彼氏さんお迎え?」
 すると、大野さんと野口くんが、一瞬固まった。
 その反応に眉を寄せると、外山さんは、少しだけ遠慮がちに口を開く。
「――……えっと……別れちゃいました」
「え」
 外山さんは、笑顔で首を振る。
「何か、やっぱり、一人で世界に浸っている方が性に合うって言われて……あたしも、彼を縛るのは違うかなって。まあ、円満に別れたんで、気にしないでください」
「――……そ、そう……」
 あたしは、思わず野口くんを見上げてしまった。
 すると、彼も苦笑いであたしを見下ろす。
 他人事ではない。
 そう思うと、自分のデリカシーの無さに腹が立った。
「ごめんなさい、外山さん。……失礼だったわね」
「いえ!気にしないでくださいってば!でも、あたし、これで決めたんです」
 外山さんは、あたしの腕に抱き着いた。

「あたしも、杉崎代理みたいに、仕事のできる女になるんです!」

「――え」

「他の人が何て言っても、自分を曲げない、強い女性(ひと)を目指します!」

 あたしは、目を丸くして外山さんを見やる。
 目が合えば、ニッコリと無邪気な微笑みを返された。
「……が、頑張ってね……」
 圧に押され、あたしはそれしか返す事ができなかった。


「じゃあ、お疲れさん」

「お疲れ様でした」

 それぞれ挨拶を交わし帰路につく中、あたしは、正面玄関から出ようとすると、不意に腕が引かれた。
「――野口くん」
「……送ります」
 振り返れば、野口くんが眉を下げながら、あたしに言った。
「……ありがとう。でも、大丈夫よ。近いし」
「茉奈さん」
 あたしは、そっと彼の手を腕から下ろす。
「――……まだ、会社よ、野口くん」
「仕事は終わりました」
「家に着くまでは会社よ」
「何ですか、その、家に帰るまでは遠足、みたいな言い方は」
 あたしは、クスリ、と、口元を上げた。
「――まあ、そういう事よ。……お疲れ様」
「ま……」
 そのまま、正門へ向かう。
 背中で、野口くんを拒絶したのは、感じただろう。

 ――……ごめんなさい。

 野口くんも、先輩とは面識がある。
 万が一、アパート前で待ち伏せられていたとしたら――どうなるかわからない。
 ただでさえ、よく知らない人と接するのが苦痛な彼なのだ。
 トラブルに巻き込む訳にはいかない。
 あたしは、気持ち歩くスピードを上げ、アパートまでたどり着いた。
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