Runaway Love
ソファに座った奈津美は、勢いよく話し出す。
「ホラ、昔、お姉ちゃんと本屋に一緒にいた、あの人!アタシも会って、ご飯行ったんだけど――」
「――……ええ、山本先輩でしょう。……今、取引先の営業よ」
「ええ⁉」
すると、奈津美は、驚いてあたしを見上げる。
「あの人、そんなコト言ってなかったけど!」
「まあ、別に良いでしょ」
「……でもさ、アタシ、あの人、昔から嫌だったんだぁ」
「……え?」
苦虫を噛み潰したような顔で、奈津美はひとり言のように話す。
「中坊のアタシの連絡先、必死で聞いてくるんだよ⁉気持ち悪いったらなかったわ。お昼行った時だって、後でお姉ちゃんが来ると思ってたのに、いないしさ」
「そ、それは、アンタ達が――」
あたしは、胸の痛みを抑えながらも、奈津美に言い返す。
何で、あたしのせいにされるのよ。
「アタシ、あの人に、お姉ちゃんは、って聞いたのよ。そしたら、後で来るから、って言ってさ」
――……どういう、コト。
あの時、二人で盛り上がって、あたしを置き去りに行ったんじゃ……。
「ファミレス入って二人になったらさ、連絡先知りたいとか、写真撮らせろとかウザいったらなかったんだよ!だから、あれ以降、会いに来てもスルーして逃げてたのに」
そう言って奈津美は立ち上がった。
「あの時は、お姉ちゃんの彼氏かと思ってガマンしてたのに。十年振りくらいに顔見たと思ったら、また、お姉ちゃんと付き合ってるとか言って――」
言いかけて、奈津美はあたしを見る。
「違うよね⁉お姉ちゃん、見る目あるよね⁉」
「……ち、違うわよ。……あたし、今は、付き合ってる人なんて、いないから――……」
自分で言って、気まずくなる。
けれど、事実だ。
――”今は”。
そんな風に言う日が来るなんて、思ってもみなかった。
「ねえ、お姉ちゃん、今日はどうしたの?何かあった?」
あたしの雰囲気に何かを感じたのか、奈津美は眉を寄せて尋ねる。
「――別に。……ホラ、部屋の片づけ、中途半端だったし」
あたしは、ごまかすようにそう言って、リビングを出ようとする。
だが、奈津美が慌てたように立ち上がり、あたしの腕を引いた。
「べ、別に良いよ!子供が部屋使うなんて、当分先の事だし。そんな急がなくても……」
「――あたしが気になるのよ」
「やめてってば!!」
突然の、奈津美の叫びに、思わず固まる。
「……奈津美?」
「ヤダよ!そんな、もう帰って来ないみたいにしないでよ!お姉ちゃんの家はココでしょ⁉」
涙目になりながら、奈津美はあたしに言う。
――そうか。このコは、そういう風に感じたのか。
あたしは、息を吐く。
奈津美は、ビクリとして、あたしを見た。
「……勘違いしないでよ。……別に、部屋片付けたって、お盆やお正月には帰ってくるし……。あたしの実家は、ここしか無いんだから」
「……ホント?帰ってくる?赤ちゃん、見に来てくれる?」
「ハイハイ。――だから、アンタは何も気にせず、元気な子、産んでよね」
「……うん」
鼻声になりながら、奈津美はうなづく。
妊娠中で、情緒不安定なのだろうか。
あたしは、奈津美をなだめると、二階に上がった。
相変わらずの閑散とした部屋に、苦笑いだ。
――ここが、あたしの家。
けれど……もう、居場所ではないのだ。
奈津美には悪いけれど、正直、何事もなければ、帰る気も無かった。
ベッドに座れば、年季の入ったそれが、ギシリと音を立てる。
あたしは、うつむくと目を閉じた。
――もう、覚悟は決まっている。
スマホをバッグから出すと、あたしは、岡くんの番号を出す。
メッセージより、直接言った方が早い。
『も、もしもし、茉奈さん?』
三コールで、彼が出ると、あたしは無意識に息を吐いた。
――どうして、安心してしまうんだろう。
『……茉奈さん?』
「ああ、ごめん。……今、大丈夫?」
『ハイ。大学終わったところです』
あたしは、一瞬止まるが、深呼吸する。
「――……そう。……今日、お願いできるかしら」
『……ハイ。時間は』
「……先輩が店に来たら、すぐに連れ出すから。――店でゴタゴタしたくないし」
『わかりました。オレは、いつでも大丈夫ですよ』
そう言うと、夕方になったらウチに来る約束をして、通話を終える。
――……今度こそ。
あたしは、スマホを握りしめ、唇を噛みしめた。
「ホラ、昔、お姉ちゃんと本屋に一緒にいた、あの人!アタシも会って、ご飯行ったんだけど――」
「――……ええ、山本先輩でしょう。……今、取引先の営業よ」
「ええ⁉」
すると、奈津美は、驚いてあたしを見上げる。
「あの人、そんなコト言ってなかったけど!」
「まあ、別に良いでしょ」
「……でもさ、アタシ、あの人、昔から嫌だったんだぁ」
「……え?」
苦虫を噛み潰したような顔で、奈津美はひとり言のように話す。
「中坊のアタシの連絡先、必死で聞いてくるんだよ⁉気持ち悪いったらなかったわ。お昼行った時だって、後でお姉ちゃんが来ると思ってたのに、いないしさ」
「そ、それは、アンタ達が――」
あたしは、胸の痛みを抑えながらも、奈津美に言い返す。
何で、あたしのせいにされるのよ。
「アタシ、あの人に、お姉ちゃんは、って聞いたのよ。そしたら、後で来るから、って言ってさ」
――……どういう、コト。
あの時、二人で盛り上がって、あたしを置き去りに行ったんじゃ……。
「ファミレス入って二人になったらさ、連絡先知りたいとか、写真撮らせろとかウザいったらなかったんだよ!だから、あれ以降、会いに来てもスルーして逃げてたのに」
そう言って奈津美は立ち上がった。
「あの時は、お姉ちゃんの彼氏かと思ってガマンしてたのに。十年振りくらいに顔見たと思ったら、また、お姉ちゃんと付き合ってるとか言って――」
言いかけて、奈津美はあたしを見る。
「違うよね⁉お姉ちゃん、見る目あるよね⁉」
「……ち、違うわよ。……あたし、今は、付き合ってる人なんて、いないから――……」
自分で言って、気まずくなる。
けれど、事実だ。
――”今は”。
そんな風に言う日が来るなんて、思ってもみなかった。
「ねえ、お姉ちゃん、今日はどうしたの?何かあった?」
あたしの雰囲気に何かを感じたのか、奈津美は眉を寄せて尋ねる。
「――別に。……ホラ、部屋の片づけ、中途半端だったし」
あたしは、ごまかすようにそう言って、リビングを出ようとする。
だが、奈津美が慌てたように立ち上がり、あたしの腕を引いた。
「べ、別に良いよ!子供が部屋使うなんて、当分先の事だし。そんな急がなくても……」
「――あたしが気になるのよ」
「やめてってば!!」
突然の、奈津美の叫びに、思わず固まる。
「……奈津美?」
「ヤダよ!そんな、もう帰って来ないみたいにしないでよ!お姉ちゃんの家はココでしょ⁉」
涙目になりながら、奈津美はあたしに言う。
――そうか。このコは、そういう風に感じたのか。
あたしは、息を吐く。
奈津美は、ビクリとして、あたしを見た。
「……勘違いしないでよ。……別に、部屋片付けたって、お盆やお正月には帰ってくるし……。あたしの実家は、ここしか無いんだから」
「……ホント?帰ってくる?赤ちゃん、見に来てくれる?」
「ハイハイ。――だから、アンタは何も気にせず、元気な子、産んでよね」
「……うん」
鼻声になりながら、奈津美はうなづく。
妊娠中で、情緒不安定なのだろうか。
あたしは、奈津美をなだめると、二階に上がった。
相変わらずの閑散とした部屋に、苦笑いだ。
――ここが、あたしの家。
けれど……もう、居場所ではないのだ。
奈津美には悪いけれど、正直、何事もなければ、帰る気も無かった。
ベッドに座れば、年季の入ったそれが、ギシリと音を立てる。
あたしは、うつむくと目を閉じた。
――もう、覚悟は決まっている。
スマホをバッグから出すと、あたしは、岡くんの番号を出す。
メッセージより、直接言った方が早い。
『も、もしもし、茉奈さん?』
三コールで、彼が出ると、あたしは無意識に息を吐いた。
――どうして、安心してしまうんだろう。
『……茉奈さん?』
「ああ、ごめん。……今、大丈夫?」
『ハイ。大学終わったところです』
あたしは、一瞬止まるが、深呼吸する。
「――……そう。……今日、お願いできるかしら」
『……ハイ。時間は』
「……先輩が店に来たら、すぐに連れ出すから。――店でゴタゴタしたくないし」
『わかりました。オレは、いつでも大丈夫ですよ』
そう言うと、夕方になったらウチに来る約束をして、通話を終える。
――……今度こそ。
あたしは、スマホを握りしめ、唇を噛みしめた。