Runaway Love
「ハ、ハハ……何だよ、それ」

 奈津美の勢いに押され、先輩は引きつりながら後ずさる。
 いよいよ、あたし達の雰囲気が尋常では無い事に気がついた人達が集まって来たようで、遠巻きにギャラリーができていた。
 すると、あたしの目の前に、陰ができ、顔を上げる。

「――……岡くん……」

 彼は、あたしをチラリと振り返ると、すぐに先輩に向き直った。
 そして、スマホを取り出して操作する。

「――……これ以上は、通報します。証拠もあります」

 そう言って、画面を先輩に見せる。
「距離はありますが、映像も音も取れています。あなたが、どれだけの暴言を吐いたか、ちゃんと聞こえていますから」
「――……誰だよ、お前」
 にらむように岡くんを見やる先輩は、気のせいか、青ざめて見える。
「あなたに言う必要はありません。この状況で、自分は無実だと言えるほど、図太い神経してますか?」
 そう言って、岡くんは、周囲を見渡す。
 既に、先程よりもギャラリーは増え、中にはスマホで録画を始めている人間もいた。
 あたしは、息を吐くと、真っ直ぐに先輩を見た。


「――それでも不服だとおっしゃるなら、大阪での件、社長に報告の上、警察に駆け込みます」


「……な……っ……」


「先輩、以前も同じような事をされていたようですね。ホテルの方に頼めば、証言ももらえるでしょう」

 すると、先輩は、バカにしたように、あたしに言う。
「それじゃあ、キミも共倒れだね。ウワサがどう転ぶか、楽しみだ」
「――どうとでも。――いつでも辞める覚悟は、できています。辞表は既に社長の手元で保留中ですし」
 あたしは、視線をそらさず、先輩に告げる。
 それは――彼のカードを、すべて無くすと同じ。
 彼が、盾にするものは、もう、いつでも捨てられるのだ。

「――ああ、もうっ!わかったよ!何だよ、つっまんねぇな!」

 先輩は、そう言い捨て、駐車場から早足に去って行った。


 ――……お、終わった……?


 あたしは、放心状態になりながらも、彼の後ろ姿を見送る。

 これで――あたし、解放された……?

 すると、横から衝撃を受け、あたしはよろめく。
「――奈津美」
「こ……わかったぁー!お姉ちゃんー!!」
 奈津美は、その大きなお腹を気にせず、半泣きになりながら抱き着いてきた。
 あたしは、目を丸くするが、すぐに苦笑いだ。
 奈津美をそっと抱き寄せ、なだめるように背中を叩いた。
「……もう、大丈夫よ。……ありがと……」
「……うん……」
 お互いに、少々照れを感じながらも抱き合い、離れた奈津美は、もう、いつもの表情に戻っていた。

「じゃあ、アタシ先に帰るね!――テル!」

「……ハイハイ」

 不意に、解散しつつあるギャラリーから、照行くんがやって来て、あたしは驚く。
 ……何で、いるのわかったの、このコ?
 奈津美は、あたしを見やると、ニヤリと笑う。

「テルは、絶対にアタシを一人にしないから」

 照行くんは、奈津美を小突きながら、あきれたように言う。
「心配かけるな。店に行ったら、義母(かあ)さんが、お前が義姉(ねえ)さん追いかけて飛び出して行ったって言うから――」
「だって」
「まあ、実は結構なシスコン(・・・・)だもんな、お前」
「ちょっと、テル!」
 慌てる奈津美の頭を撫でながら、照行くんは、あたしを見やり、苦笑いで続けた。
「おれといる時だって、義姉(ねえ)さん義姉(ねえ)さん、って、いつもうるさいんですよ、コイツ」
「……え」
「帰るよ!」
 照れ隠しするように、奈津美は大声で照行くんを呼ぶ。
「――まあ、だから、たまには構ってやってくださいね」
 そう言って、照行くんは、奈津美を連れて家に戻って行った。
 あたしは、完全に硬直状態。

 ――まさか、奈津美がそんなだったなんて、思う訳が無い。

「ま、茉奈さん?」

 すると、岡くんが、恐る恐るあたしをのぞき込む。
 その声で、ようやく我に返り――あたしは、その場に崩れ落ちかけ――。

「茉奈さん!」

 慌てた岡くんに、しっかりと抱き留められたのだった。
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