Runaway Love
「大丈夫ですか?!」

 あたしの体勢を直す岡くんを見上げ、苦笑いで返す。

「……な、何か……今になって、腰抜けたみたい……」

 すると、彼はヒョイとあたしを抱え上げた。
「ちょっと!」
「立てないんでしょう?」
「恥ずかしいから、下ろして!」
「歩けるんですか?」
「何とかするわよ!」
 意地になってきたあたしは、無理矢理下りようともがいてみる。
 だが、岡くんはビクともしない。
 ――やっぱり、このコ、見た目よりも頑丈なのかも。
「茉奈さん、じゃあ、一旦座りましょう」
「――え」
 そう言って、岡くんは、そのまま駐車場のフェンスの土台に腰を下ろすと、ゆっくりとあたしを移動させた。
「……あ、ありがと……」
「――いえ。……オレ、役に立ちましたか……?」
 のぞき込んでくる彼に、あたしはうなづいて返す。
「ええ。……思った以上に、助かったわ」
「なら、良かったです」
 岡くんは、ニコリと笑い、正面を向く。
 あたしもつられて視線を移すと、もう、ギャラリーは霧散し、商業施設の利用者の車だけが、あちらこちらに並んでいるだけだった。
 遠目には、ファストフード店や、パチンコ店の明かりがきらめき、その強さに、あたしは視線をそらした。
 そして、その先には――あたしを優しく見つめる、岡くんの顔がある。

 その目を見つめ返し、ようやく、自分の中の感情に、名前が付けられるような気がした。


 それから実家まであたしを送ると、岡くんは帰って行った。
 それを見送り、家に入れば、既に奈津美は疲れたのだろう――リビングのソファで眠っている。
 そして、照行くんが、隣で優しい目をして見守っていた。
「あ、義姉(ねえ)さん、お帰りなさい」
 彼は、あたしがリビングに入るのに気がつき、顔を向ける。
「――た、ただいま。……奈津美、寝ちゃったの」
「ハイ。……かなり興奮してたんで、疲れたんでしょう」
「まったく……このコは……」
 あきれて見やるが、その幸せそうな寝顔に、毒気が抜かれる。
「――片付きましたか」
「え?」
 不意に尋ねられ、あたしは照行くんを見やる。
 彼は、少し、気まずそうに続けた。
「将太も協力していたみたいですけど……」
 その言葉に、先輩の事だと気がつき、うなづく。
「ええ。……照行くんには、余計な心配させちゃってごめんなさいね」
 奈津美が巻き込まれるのは避けたかったが――本人が巻き込まれに来てしまったのだ。
 すると、彼は、柔らかく笑う。
「――それが、奈津美ですから。慣れてます」
「……そう」
 中学から一緒だった彼には、もう、あたし以上に奈津美の事を理解できているのだろう。
 そう思うと、ほんの少しだけさみしさがよぎるが、それは胸の奥にしまう。

 ――そんな風に理解してくれる人に出会う事自体、奇跡のようなものなのだから。

 あたしは、置いていたバッグを持つと、スマホを取り出す。
「泊まって行かないんですか?」
「――ええ。もう、用は済んだし」
「奈津美、スネますよ」
「照行くん、お願いね」
「――……そういう事言いますか、義姉(ねえ)さん」
 お互いに苦笑いし合うと、あたしはタクシー会社に電話をかけた。
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