Runaway Love
 土曜日になり、あたしは、身支度を終えると、開店直後のマルタヤに駆け込んだ。
 岡くんからのメッセージを見ながら、食材をカゴに入れ、会計。
 そして、近くのバス停に、駆け足で向かう。

 ――別に、時間なんて、気にしなくてもいいはずなのに……。

 そう思っているのに、身体は反射で急いでしまっている。

 ――こんなにも、会いたい気持ちが膨らむなんて、思いたくないのに。

 あたしは、マルタヤ近くのバス停に向かうと、時間を確認。
 十分後に到着予定の駅行きのバスを、そわそわしながら待つ。
 その時間ももったいないように感じ、あたしは、買い物バッグを肩にかけ直すと、スマホを取り出す。

 ――もうすぐバスに乗るから。

 そう送ると、すぐに、わかりました、と、返事が来た。
 あたしは、少しの間、画面を見つめ、我に返る。

 ――い、一応、心配するといけないし、寝坊したとか思われたくないしっ……!

 心の中で言い訳をしながら、慌ててバッグにスマホを片付けると、遠目に、見慣れたバスが現れた。
 あたしは、深呼吸して、頭をリセットしようと頑張ってみる。

 ――なのに、どこか浮かれたような心は、落ち着いてくれる事は無かった。



「おはようございます、茉奈さん!」

「おはよう。……コレ、言われた材料」

 相変わらず、仔犬のように突撃してきた岡くんの目の前に、あたしは、買い物バッグを差し出す。
 すると、彼は、満面の笑みを返してうなづいた。
「ありがとうございます!とりあえず、中入ってください!」
「お、お邪魔します……」
 勢いに負けそうになるが、あたしは、靴を脱いで中に入った。
 以前と同じように、テーブルのそばに腰を下ろす。
 岡くんは、食材を冷蔵庫に片付け、あたしに買い物バッグを返してきた。
「ハイ、コレ、お返ししますね」
「……え、あ、うん」
 あたしは、ぎこちなくそれを受け取ると、小さく畳んでバッグに片付ける。
 そして、顔を上げれば、すぐ目の前に、整った、少し幼い岡くんの顔があった。
「――な、何よ」
 思わず、後ろへ下がろうとするが、すぐに抱き締められた。
「ちょ……」
「――……茉奈さん、大丈夫ですか」
「え」
 岡くんは、あたしを離すと、真っ直ぐに見つめてくる。
 その視線の強さに、身体中が、熱を持ってしまう。
「……この前の先輩……。……あれから、何も無いですか」
「あ、え、ええ。……大丈夫。……少なくとも、あたしの目の前には現れていないから」
「……良かった。……お店にも来ていないみたいで、ようやく、奈津美が落ち着いてきたって、テルが言ってました」
「……そう。――本当に、ありがとう」
 あたしがお礼を口にすると、岡くんは、軽く首を振る。
「良いんです、あなたの役に立てるなら、それだけで――」
「……それは、あたしが嫌だわ」
「え」
 あたしは、キョトンとしている彼を、真っ直ぐに見つめる。
 ――前のように、視線はそらさない。
「……アンタを都合良く利用しようとは思わないから。――だから、お礼もするわよ」
 利用するだけして、何も返さないのは、あたしが我慢できない。
 このコの気持ちは、そんな風に扱って良いものではないと、わかるから。

「――お礼なら、こっちが良いです」

 すると、岡くんは、そっと顔を近づけてくる。
 そして、軽く唇が触れ、すぐに離れた。

「……バカ」

 あたしは、彼をにらみ上げる。

「だから、可愛いだけですってば」

「――もう!」

 クスクスと笑い、彼は、立ち上がる。
「――少し早いですけど、お昼、作りますね」
「あ、あたしも手伝うわよ」
「え、いいですよ!座っててください!」
「嫌よ。……手持ち無沙汰だし。……何なら、アンタが作ってるトコ、見てみたいもの」
 そう言って、あたしは、岡くんをのぞき込む。
「……え、い、いや、ダメですよ!」
「何でよ」
「――オレ、兄ちゃん達みたいに、本職じゃないですし。……じいちゃんの手元見ながら覚えてたから、完全に我流で……見せられるようなモンじゃないんで……」
「そう言うなら、世の中、ほぼ、我流の人達よ。別に、プロの技を見たいって言ってるんじゃないわよ」
「でも」

「――あたしが、アンタのそばで、見ていたいの」

 そう告げると、岡くんは、硬直してあたしを見返す。

「……茉奈さん?」

 思わずこぼした言葉の意味は、どうとでも取れる。
 だが、そこには触れずに、あたしは念を押すように彼に言う。

「――だから、良いでしょう?」

「……ハ、ハイ……」

 ぼう然としながらも、彼は、ゆっくりとうなづいた。 
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