Runaway Love
 数十分後、目の前に差し出されたオムライスは、以前と同じように、とても美味しそうに鎮座している。
 付け合わせのスープを置いて、岡くんは、あたしの正面に座って笑う。
「茉奈さん、口、半開き」
「えっ!ちょっ……見ないでよ!」
 そう言われ、慌てて手で隠す。
 彼は、笑顔のまま、のぞき込んできた。
「――どうぞ。少し寒くなってきたので、今日はスープにしました」
「あ、ありがと……」
 スープには、じゃがいもと人参、コーンが浮かんで見える。
「じゃあ……いただきます」
 あたしは、手を合わせると、オムライスにスプーンを入れる。
 トロリとした卵に、また、前と同じような感動を覚える。
 どうして、こんなに上手にできるんだろう。
 簡単そうに作っているようにしか見えなかったのに。
 口に入れれば、以前(まえ)と同じ味に、胸が詰まる。

「……茉奈さん?」

 そんなあたしを、岡くんは、不安そうに見やる。
 あたしは、ゆっくりと首を振った。

「――やっぱり、美味しい」

「――そうですか。……良かったです」

「……あたし、大阪で、いろいろ食べちゃったんだけどさ――確かに、すごく美味しかったんだけど……何か、最後には、アンタのオムライスが食べたくなったのよね」

 あたしは、苦笑いしながら、オムライスを続けて口に入れる。

「――……胃袋、掴んじゃいましたか?」

 微笑みながら、岡くんは、自分のオムライスにスプーンを入れる。

「――……そうかもね」

「え?」

 茶化すように言った言葉に、あたしが素直にうなづいたのが予想外だったのか、彼はそのまま固まる。

「……茉奈さん……?……すみません、さっきから……何か、オレの都合良いような言葉が聞こえるんですけど……」

「都合が良いって?」

「――……そ、それは、あの……」

 口ごもる彼は、だが、すぐに首を振った。
「き、気のせいですよね!……冷めないうちに食べちゃいましょう!」
 ごまかすように、オムライスを口にする彼は、あたしに顔を向けようとしない。
 ――それは、何だか、腹立たしくて、さみしくて。
 でも、それを、どう伝えて良いのかわからない。
 あたしは、ひとまず、同じように目の前の美味しい料理を口にしていった。

 二人で後片付けをし、岡くんが淹れてくれたコーヒーがテーブルの上に置かれた。
「……ありがと」
「……あの……茉奈さん」
 すると、神妙な顔をして、彼はあたしのそばに正座する。
「どうしたのよ、かしこまっちゃって」
「――……あの、オレ……来年、院を修了したら、就職するんです」
「……そう……。もう、決まったの?」
 あたしは、同じように岡くんの方を向き、尋ねる。
 彼はうなづくと、意を決したように口を開いた。

「――……教授の教え子で……今は、東京で事務所を構えている人がいるんですが……オレ、以前から、結構可愛がってもらってて……誘ってもらったんです」

「――……え?」

 あたしは、一瞬、自分の耳を疑った。

「……え、と、東京……?」

 恐る恐る尋ねる。
 空耳であってほしい。
 けれど、岡くんは、ゆっくとうなづいた。

「――ハイ……一応、内定も、もらいました……」

「……そ、そう。良かったわね」

 あたしの言葉に、彼は、一瞬言葉に詰まり、そして、視線を下げた。

「――……もらったのは……テルと奈津美の結婚式の……前日、です」
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