Runaway Love
「杉崎!ちょっと、こっち頼むわ!」
「ハイ!野口くん、税務署間に合う⁉」
「行けます」
「ああっ!野口主任、帰り、郵便局の方は、間に合いますか⁉」
年末も近くなると、経理部は一日が一瞬で過ぎる。
残業計画も、大野さんが人事に出しているが、この数週間、予定をオーバーし続け、ついに突かれる事態となってしまった。
今日も、終業時刻を大幅に過ぎる予感がするが、既に全員あきらめ加減だ。
まったく、毎年毎年、この時期になると何でこう、仕事が立て込む。
いや、今年は、更に、大阪工場開業準備もあり、そのせいで仕事が通常の倍近くなっているのだ。
年末年始の休み前までには、何とか終わらせないといけない案件はいくつもあり、それだけで一日終わる。
「すみません、経費申請……」
「そこに置いておいてください―!!」
恐る恐る入って来る他の部署の人に、外山さんが叫んで返す。
「あ!不備があれば、速攻で返しますから!」
以前の彼女からは、想像つかないキツい態度に、あたしは苦笑いだ。
――杉崎代理のようになります!
あたしは、こんなんか。
自虐気味に心の中で突っ込んでしまったが、鳴り響く電話に、すぐに意識を戻す。
手元の電話は、内線で、営業部からだ。
「お疲れ様です、経理部杉崎です」
『お疲れ、営業、早川。領収証が戻って来たんだが、何が悪いんだ?』
「――外山さんに聞いてください」
『その外山さんに返されたんだが』
「……日付、相手先、但書、金額、税額の内訳、どこかに漏れは」
『無いけどな』
「じゃあ、内容。――経費申請の範囲を超えてないか、確認」
『……土産代はマズいか?』
早川は、電話口でうなるように言う。
あたしは、少しだけ口元を上げた。
「外山さんに、詳しく説明した?営業に必要なもの?」
『……りょーかい。持って来たヤツに、説明に行かせるわ』
「お願いします」
淡々と返し、あたしは受話器を置いた。
そして顔を上げ、部屋を見やる。
みんな、自分の仕事に手一杯。
――ずっと望んでいた、忙しくて、穏やかな日々。
ねえ、野口くん。
――……これで、良かったのよね……?
すると、彼と目が一瞬合う。
彼は、口元をかすかに上げると、また、手元に視線を戻した。
それだけ。
けれど、気持ちは凪いだ。
「杉崎代理」
どうにか残業一時間で終了し、あたしはロッカールームに向かう。
その途中、声をかけられ、振り返る。
「野口くん」
彼は、相変わらずキレイな顔を、隠す事も無くなった。
既に、眼鏡は外して、以前のようにコンタクトにしている。
そのおかげで、社内外の彼への女性の視線は、毎日熱いものが向けられているが。
でも、それは、きっと――彼の中の変化。
「どうかした?」
書類に不備でも見つかったか。
一瞬構えてしまうが、すぐに苦笑いで返された。
「仕事じゃありません。――芦屋先生のサイン会の事、知ってるかと思って」
「……え??」
あたしは、一瞬呆けた顔になる。
すると、野口くんは、顔を背け笑い出した。
「ちょっ……!野口くん、失礼ね!」
「す、すみません……。……杉崎代理、すごいカオしてたんで……」
「もう!それはいいから、サイン会ってどういう事よ⁉」
詰め寄るように尋ねるあたしから、ほんの少し距離を取ると、彼は困ったように言った。
「いえ、この前の新刊発売記念に、来月末から全国書店でサイン会があるんですけど――今回、こっちにも来るんですよ。――整理券、手に入ったんで」
「ええ⁉」
あたしは、目を見開く。
何てコト。
そんな情報、知らなかった。
――そもそも、そんな精神状態でもなかったし。
「帯の内側だけで発表されてたんですよ。新刊買ってないなら、知らなくても仕方ないです」
「そ、そう。……ああ、でも、来月って……雪降ってるでしょ、きっと……。どこでやるのかしら。でも、今から買っても、間に合わないわよね……」
「ああ、それですが――」
野口くんは、いつも行ってる書店名を口にした。
「ですから、多少の悪天候でも行けますよ」
そう言って、あたしを見やる。
「――一緒に行きませんか」
「え」
「ハイ!野口くん、税務署間に合う⁉」
「行けます」
「ああっ!野口主任、帰り、郵便局の方は、間に合いますか⁉」
年末も近くなると、経理部は一日が一瞬で過ぎる。
残業計画も、大野さんが人事に出しているが、この数週間、予定をオーバーし続け、ついに突かれる事態となってしまった。
今日も、終業時刻を大幅に過ぎる予感がするが、既に全員あきらめ加減だ。
まったく、毎年毎年、この時期になると何でこう、仕事が立て込む。
いや、今年は、更に、大阪工場開業準備もあり、そのせいで仕事が通常の倍近くなっているのだ。
年末年始の休み前までには、何とか終わらせないといけない案件はいくつもあり、それだけで一日終わる。
「すみません、経費申請……」
「そこに置いておいてください―!!」
恐る恐る入って来る他の部署の人に、外山さんが叫んで返す。
「あ!不備があれば、速攻で返しますから!」
以前の彼女からは、想像つかないキツい態度に、あたしは苦笑いだ。
――杉崎代理のようになります!
あたしは、こんなんか。
自虐気味に心の中で突っ込んでしまったが、鳴り響く電話に、すぐに意識を戻す。
手元の電話は、内線で、営業部からだ。
「お疲れ様です、経理部杉崎です」
『お疲れ、営業、早川。領収証が戻って来たんだが、何が悪いんだ?』
「――外山さんに聞いてください」
『その外山さんに返されたんだが』
「……日付、相手先、但書、金額、税額の内訳、どこかに漏れは」
『無いけどな』
「じゃあ、内容。――経費申請の範囲を超えてないか、確認」
『……土産代はマズいか?』
早川は、電話口でうなるように言う。
あたしは、少しだけ口元を上げた。
「外山さんに、詳しく説明した?営業に必要なもの?」
『……りょーかい。持って来たヤツに、説明に行かせるわ』
「お願いします」
淡々と返し、あたしは受話器を置いた。
そして顔を上げ、部屋を見やる。
みんな、自分の仕事に手一杯。
――ずっと望んでいた、忙しくて、穏やかな日々。
ねえ、野口くん。
――……これで、良かったのよね……?
すると、彼と目が一瞬合う。
彼は、口元をかすかに上げると、また、手元に視線を戻した。
それだけ。
けれど、気持ちは凪いだ。
「杉崎代理」
どうにか残業一時間で終了し、あたしはロッカールームに向かう。
その途中、声をかけられ、振り返る。
「野口くん」
彼は、相変わらずキレイな顔を、隠す事も無くなった。
既に、眼鏡は外して、以前のようにコンタクトにしている。
そのおかげで、社内外の彼への女性の視線は、毎日熱いものが向けられているが。
でも、それは、きっと――彼の中の変化。
「どうかした?」
書類に不備でも見つかったか。
一瞬構えてしまうが、すぐに苦笑いで返された。
「仕事じゃありません。――芦屋先生のサイン会の事、知ってるかと思って」
「……え??」
あたしは、一瞬呆けた顔になる。
すると、野口くんは、顔を背け笑い出した。
「ちょっ……!野口くん、失礼ね!」
「す、すみません……。……杉崎代理、すごいカオしてたんで……」
「もう!それはいいから、サイン会ってどういう事よ⁉」
詰め寄るように尋ねるあたしから、ほんの少し距離を取ると、彼は困ったように言った。
「いえ、この前の新刊発売記念に、来月末から全国書店でサイン会があるんですけど――今回、こっちにも来るんですよ。――整理券、手に入ったんで」
「ええ⁉」
あたしは、目を見開く。
何てコト。
そんな情報、知らなかった。
――そもそも、そんな精神状態でもなかったし。
「帯の内側だけで発表されてたんですよ。新刊買ってないなら、知らなくても仕方ないです」
「そ、そう。……ああ、でも、来月って……雪降ってるでしょ、きっと……。どこでやるのかしら。でも、今から買っても、間に合わないわよね……」
「ああ、それですが――」
野口くんは、いつも行ってる書店名を口にした。
「ですから、多少の悪天候でも行けますよ」
そう言って、あたしを見やる。
「――一緒に行きませんか」
「え」