Runaway Love
85
年末ギリギリに降ってきた雪は、うっすら積もっては消え、を、繰り返す。
おそらく、本格的に降るのは、年が明けてからだろう。
――もしくは、今年は小雪なのかもしれない。
それはそれで、何だかさみしい気もするが、こればかりは仕方ない。
でも、そんな風に天気で一喜一憂するのも、一瞬の事。
心の中は――一向に晴れる事も無い。
「明けましておめでとう!アーンド、お誕生日おめでとう、お姉ちゃん!」
元旦に実家に帰るなり、パンパンに大きくなったお腹を抱えながら、奈津美がクラッカーを鳴らす。
「……奈津美、毎年毎年、いい加減にしなさい」
「ええー!良いじゃん、おめでたいんだから!」
「めでたいのは、とっくに終わってるわよ。もう、三十歳よ」
「良いの。年なんて関係無いわよ。大体、お姉ちゃん、昔から大人っぽいんだから、どんどん若く見えるよ、きっと!」
それは、昔から老け顔という意味か。
あたしは、奈津美をムスリと見やる。
すると、バツが悪そうに笑い返された。
いつものように、作られたように可愛く、キレイな顔。
――でも、もう、それがあたしを刺激する事は無かった。
元旦が誕生日なんて、あんまり良い事なんて無いんだけれど、まあ、こうやって集まるついでになるのなら、実家を離れた今では逆に都合が良い。
お昼を終え、母さんは、照行くんと片付けものをしている。
どうやら、奈津美のお腹が目立つほどに大きくなってから、彼が手伝う事になったようだ。
こたつに入った奈津美は、みかんを食べながら、向かいに座っているあたしを見やる。
「ね、お姉ちゃん、彼氏できた?」
「……は?」
「何なら、合コン頼もうか?まだ、フリーの人間いっぱいいるし」
「いらないわよ。……アンタは、出産の事だけ考えなさい」
あたしが、視線を逸らすのを気にも留めず、奈津美は続ける。
「でもさ、将太はもう、あきらめたって言ってたし――」
「――……え?」
その言葉に、硬直する。
――……”あきらめた”……?
「お姉ちゃん?」
「――……何でもないわよ」
ごまかすように首を振り、目の前の湯呑に手を伸ばす。
だが、その手が震えていたせいか、すぐにそれは倒れ、お茶はこたつの上に流れ出した。
「ヤダ、お姉ちゃん、大丈夫⁉」
「あ、ご、ごめん」
急いで布巾を持つ奈津美を、放心状態で見つめる。
――……ああ、そうか。
――……思い出にしてくれたんだ。
「……お姉ちゃん……?」
そう思うと、涙がこぼれ落ちていく。
「あ、あたし、ちょっと部屋に行くから」
ごまかすように奈津美から顔を背け、あたしは立ち上がる。
だが、逃げるのを引き留めるように、奈津美は言った。
「お姉ちゃん、将太の向こうの住所、教えようか?」
「――え?」
お茶を拭き終えた奈津美は、布巾を置くと、スマホを手に取る。
「い、いいわよ!何で……」
慌てて止めるあたしを、奈津美は真っ直ぐに見つめてきた。
その視線の強さに、たじろぐ。
「――お姉ちゃんには、絶対に幸せになってもらいたいの」
「……奈津美……?」
「……今まで、ずっと、アタシ達を優先してきたじゃない。……もう、さ、大丈夫だから――お姉ちゃん、自分の幸せの事、考えてよ」
そう言って、奈津美はあたしの手を取る。
「ああ言ったけど、将太、絶対に、あきらめてないから。ごまかしてるけど、電話するたびに、何か言いたそうにしてるもん」
「でも、あのコ、東京に……」
「お姉ちゃんの中に、遠恋っていう選択肢は無いの?」
あたしは、唇を噛むと、奈津美の手を払ってリビングを出る。
「お姉ちゃん!」
「――……関係無いわ。……あたしは、一人で生きていくつもりだもの」
そう、自分に言い聞かせるように告げ、階段を上った。
おそらく、本格的に降るのは、年が明けてからだろう。
――もしくは、今年は小雪なのかもしれない。
それはそれで、何だかさみしい気もするが、こればかりは仕方ない。
でも、そんな風に天気で一喜一憂するのも、一瞬の事。
心の中は――一向に晴れる事も無い。
「明けましておめでとう!アーンド、お誕生日おめでとう、お姉ちゃん!」
元旦に実家に帰るなり、パンパンに大きくなったお腹を抱えながら、奈津美がクラッカーを鳴らす。
「……奈津美、毎年毎年、いい加減にしなさい」
「ええー!良いじゃん、おめでたいんだから!」
「めでたいのは、とっくに終わってるわよ。もう、三十歳よ」
「良いの。年なんて関係無いわよ。大体、お姉ちゃん、昔から大人っぽいんだから、どんどん若く見えるよ、きっと!」
それは、昔から老け顔という意味か。
あたしは、奈津美をムスリと見やる。
すると、バツが悪そうに笑い返された。
いつものように、作られたように可愛く、キレイな顔。
――でも、もう、それがあたしを刺激する事は無かった。
元旦が誕生日なんて、あんまり良い事なんて無いんだけれど、まあ、こうやって集まるついでになるのなら、実家を離れた今では逆に都合が良い。
お昼を終え、母さんは、照行くんと片付けものをしている。
どうやら、奈津美のお腹が目立つほどに大きくなってから、彼が手伝う事になったようだ。
こたつに入った奈津美は、みかんを食べながら、向かいに座っているあたしを見やる。
「ね、お姉ちゃん、彼氏できた?」
「……は?」
「何なら、合コン頼もうか?まだ、フリーの人間いっぱいいるし」
「いらないわよ。……アンタは、出産の事だけ考えなさい」
あたしが、視線を逸らすのを気にも留めず、奈津美は続ける。
「でもさ、将太はもう、あきらめたって言ってたし――」
「――……え?」
その言葉に、硬直する。
――……”あきらめた”……?
「お姉ちゃん?」
「――……何でもないわよ」
ごまかすように首を振り、目の前の湯呑に手を伸ばす。
だが、その手が震えていたせいか、すぐにそれは倒れ、お茶はこたつの上に流れ出した。
「ヤダ、お姉ちゃん、大丈夫⁉」
「あ、ご、ごめん」
急いで布巾を持つ奈津美を、放心状態で見つめる。
――……ああ、そうか。
――……思い出にしてくれたんだ。
「……お姉ちゃん……?」
そう思うと、涙がこぼれ落ちていく。
「あ、あたし、ちょっと部屋に行くから」
ごまかすように奈津美から顔を背け、あたしは立ち上がる。
だが、逃げるのを引き留めるように、奈津美は言った。
「お姉ちゃん、将太の向こうの住所、教えようか?」
「――え?」
お茶を拭き終えた奈津美は、布巾を置くと、スマホを手に取る。
「い、いいわよ!何で……」
慌てて止めるあたしを、奈津美は真っ直ぐに見つめてきた。
その視線の強さに、たじろぐ。
「――お姉ちゃんには、絶対に幸せになってもらいたいの」
「……奈津美……?」
「……今まで、ずっと、アタシ達を優先してきたじゃない。……もう、さ、大丈夫だから――お姉ちゃん、自分の幸せの事、考えてよ」
そう言って、奈津美はあたしの手を取る。
「ああ言ったけど、将太、絶対に、あきらめてないから。ごまかしてるけど、電話するたびに、何か言いたそうにしてるもん」
「でも、あのコ、東京に……」
「お姉ちゃんの中に、遠恋っていう選択肢は無いの?」
あたしは、唇を噛むと、奈津美の手を払ってリビングを出る。
「お姉ちゃん!」
「――……関係無いわ。……あたしは、一人で生きていくつもりだもの」
そう、自分に言い聞かせるように告げ、階段を上った。