Runaway Love

エピローグ

「ちょっと、奈緒(なお)、おばちゃん、もう行かなきゃなのよ!」

「やだー!もっと、あそぶのー!」

 困ったような奈津美に、姪の奈緒は、首を振りながら駄々をこねる。
 あたしは、苦笑いしながらヒザをつき、奈緒の頭をそっと撫でた。
「奈緒、おばちゃん、明日からお仕事だから、早く帰らないとなの。また、来週来るからね」
「……じゃあ、こんどは、こうえん、いこうね」
 半泣きになりながらも、渋々うなづく奈緒に笑いかける。
 そして、名残惜しさを感じながら実家を後にした。

 ――今年、奈緒は五歳になる。

 奈津美は、二人目を妊娠した。

 そのせいもあり、あたしは、昔では考えられないくらい、頻繁に実家に顔を出すようになった。
 もっぱら、奈緒の相手がメインだが。

「お姉ちゃん、ゴメンね。奈緒、言うコト聞かなくて」
「いいわよ、あたしはたまに顔を見せるくらいなんだし。……アンタの方が大変じゃない」
「――ありがと」
 奈津美は、玄関であたしを見送り、奈緒と一緒に手を振る。
 そのお腹は、少しだけ大きくなっている。
 二人目とあって、奈緒の時よりは精神的に安定しているようだ。
「じゃあね、また来週」
「うん……あ、待って、お姉ちゃん!」
 あたしがドアを閉めようとすると、思い出したように奈津美が声を上げた。
「何よ」
 手を止め聞き返すと、奈津美は、少しだけためらいがちに言った。

「――……将太から、メッセージ、来てない……?」

「――……来る訳ないでしょ」

 彼の名前に――まだ、胸はうずく。

 時間が忘れさせてくれるのかと期待したが――五年経っても、彼は、まだ、鮮やかすぎるほど、あたしの中心に居座っていた。

 ”けやき”には――あれから、一度も訪れていない。

「……そっか……」

 奈津美は、少しだけ気まずそうにあたしを見た。
「……別に、あたしに気を遣う必要なんてないでしょ。アンタの友達なんだし」
「そ、そうだけど……」
 あたしは、それだけ言うと、ドアを閉めた。

 毎日毎日――……彼との記憶がよみがえっては無理矢理消す日々。
 もう、それは、日常と化している。

 そんな風に過ごし――気がつけば、もう、五年目だ。

 仕事は、あれから辞める事を考える暇も無いほど忙しくなった。
 あたしは、部長代理と同時に工場事務全般の統括主任として、各工場の状況確認やヘルプなどで、週一、二回はあちらこちらを飛び回っている。
 以前の井本部長の時のように、事務係まで駆り出されるような事態になる前に、手を打っておくのが目的のようだ。
 会社では、大阪工場が軌道に乗ったのを見計らったように、今度は東北工場が開業になった。
 売り上げが、ありがたい事に、毎年増加しているからだろう。
 二年前、大手企業とのコラボ商品を発売したのも、大きいのかもしれない。
 そのため、また、大阪工場開業時のような仕事が増え、それを補う為に去年、経理部に一人配属された。
 三年目の彼は、資格も野口くんと同じくらいに持っていたので、即戦力になってくれている。
 そして、野口くんは、もう、主任以上の仕事を任されていて、きっと、あと数年もしたら、あたしの後で部長代理になるんじゃないだろうかと思う。

 ――まあ、その時、あたしがどうしているのかは、わからないけれど。
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