Runaway Love
「――……もう、ヤダ……」
「――杉崎」
「茉奈さん?」
ポツリとこぼれた言葉を、二人は抜け目なく拾う。
「――……何で、あたしなのよ……。……アンタ達なら……寄ってくる女なんて、山ほどいるでしょうが……」
何で、あたしなの。
奈津美みたいに、可愛くも、明るくもない。愛想も無い。
こんなつまんない女、構うだけ時間の無駄じゃない。
そんな事を繰り返しながら、涙を雑に拭う。
すると、早川が、あたしの手をそっと外し、自分の手で涙を拭き取る。
「――杉崎、ひとまず、休め。……もう、帰るから、薬だけは必ず飲めよ」
子供に言い聞かせるように、早川はそう言って、あたしの背をさする。
「茉奈さん、一応、スポドリとか買っておきましたから、テーブルの上、上げときますね」
岡くんも、気まずそうに、そう言ってテーブルまで行くと、持っていた袋を置いた。
「あと、鍵、自分でかけられますよね?ちゃんと、出たらかけてくださいよ」
あたしは、しゃくりあげながらも、うなづく。
何で、こんな情緒不安定なんだろう。
嫌だからって、子供のように泣きじゃくるなんて――……。
二人は、お大事に、と、告げると、そっと部屋のドアを閉めて、去って行った。
あたしは、ドアの鍵をかけると、その場に座り込む。
――……ごめん、二人とも。
襲って来る罪悪感に、涙が止まらない。
でも、これで良い。
これ以上、あたしに構っていたら、時間の無駄。
――あたしは、一生、誰も好きになるつもりなんてないんだから。
「――……薬……飲まなきゃ……」
涙もそのままに、よろめきながらも立ち上がると、キッチンの棚に置いておいた薬を口に放り込み、水で一気に流す。
――泣いたのなんて……いつぶりだろう……。
父さんが死んだ時も、母さんと奈津美にかかりきりの上、手続きやら何やらで、泣く暇も無かった気がする。
――違う。
――泣いたら、急に現実を認識しそうで、怖かった。
父さんが亡くなった知らせを聞いた母さんは、その場にへたり込んで、ピクリとも動かなかった。
――いつもの、日曜日。
単身赴任の父さんが、車の玉突き事故に巻き込まれて亡くなったと、連絡があったのは早朝だった。
大学は休みで、あたしが付き添って電車で三時間ほどの、赴任先の病院に向かったが、その間も、母さんの目に光は無かった。
それが、逆に、夢の中にいるようで――あたしは、妙に冷静だった。
そして、病院の霊安室で、父さんを確認した時も、泣き崩れて大騒ぎした母さんをなだめて、全ての手続きをしていた時も――頭の中は、現実とは思っていなかった。
お通夜も、お葬式も――親戚の人たちに手伝ってもらって、あたしがどうにか行った。
――お姉ちゃん、アタシ達、どうなっちゃうの?アタシ、学校辞めなきゃなの?
泣きながら、あたしに縋り付いてくる奈津美を抱き寄せ、言い聞かせた。
――……大丈夫だから。……アンタは、何も気にせず、学校に行きなさい。
――あたしが、全部やるから。
もう、その時には、大学を辞める覚悟はできていた。
母さんが、あんな状態なのだ。
あたしが支えるしかない。
三年の間、あたしは、自分に言い聞かせ、やってきたのだ。
――その間も、一度も泣く事は無かった。
ようやく、涙がおさまったので、深呼吸をすると、むせたように咳が出る。
……やっぱり、風邪かなぁ……。
ため息をつけば、喉はヒリつく。
息が熱い気がしたので、体温計で計れば、再び三十九度台。
奈津美じゃないけど、アラサー、体力落ちてきたのかしら。
そんな事を思いながら、どうにかベッドに倒れ込み、目を閉じる。
――どうか、もう、これ以上、二人を傷つける事がありませんように。
意識が飛ぶ直前、不意に出てきたのは、そんな事だった――。
「――杉崎」
「茉奈さん?」
ポツリとこぼれた言葉を、二人は抜け目なく拾う。
「――……何で、あたしなのよ……。……アンタ達なら……寄ってくる女なんて、山ほどいるでしょうが……」
何で、あたしなの。
奈津美みたいに、可愛くも、明るくもない。愛想も無い。
こんなつまんない女、構うだけ時間の無駄じゃない。
そんな事を繰り返しながら、涙を雑に拭う。
すると、早川が、あたしの手をそっと外し、自分の手で涙を拭き取る。
「――杉崎、ひとまず、休め。……もう、帰るから、薬だけは必ず飲めよ」
子供に言い聞かせるように、早川はそう言って、あたしの背をさする。
「茉奈さん、一応、スポドリとか買っておきましたから、テーブルの上、上げときますね」
岡くんも、気まずそうに、そう言ってテーブルまで行くと、持っていた袋を置いた。
「あと、鍵、自分でかけられますよね?ちゃんと、出たらかけてくださいよ」
あたしは、しゃくりあげながらも、うなづく。
何で、こんな情緒不安定なんだろう。
嫌だからって、子供のように泣きじゃくるなんて――……。
二人は、お大事に、と、告げると、そっと部屋のドアを閉めて、去って行った。
あたしは、ドアの鍵をかけると、その場に座り込む。
――……ごめん、二人とも。
襲って来る罪悪感に、涙が止まらない。
でも、これで良い。
これ以上、あたしに構っていたら、時間の無駄。
――あたしは、一生、誰も好きになるつもりなんてないんだから。
「――……薬……飲まなきゃ……」
涙もそのままに、よろめきながらも立ち上がると、キッチンの棚に置いておいた薬を口に放り込み、水で一気に流す。
――泣いたのなんて……いつぶりだろう……。
父さんが死んだ時も、母さんと奈津美にかかりきりの上、手続きやら何やらで、泣く暇も無かった気がする。
――違う。
――泣いたら、急に現実を認識しそうで、怖かった。
父さんが亡くなった知らせを聞いた母さんは、その場にへたり込んで、ピクリとも動かなかった。
――いつもの、日曜日。
単身赴任の父さんが、車の玉突き事故に巻き込まれて亡くなったと、連絡があったのは早朝だった。
大学は休みで、あたしが付き添って電車で三時間ほどの、赴任先の病院に向かったが、その間も、母さんの目に光は無かった。
それが、逆に、夢の中にいるようで――あたしは、妙に冷静だった。
そして、病院の霊安室で、父さんを確認した時も、泣き崩れて大騒ぎした母さんをなだめて、全ての手続きをしていた時も――頭の中は、現実とは思っていなかった。
お通夜も、お葬式も――親戚の人たちに手伝ってもらって、あたしがどうにか行った。
――お姉ちゃん、アタシ達、どうなっちゃうの?アタシ、学校辞めなきゃなの?
泣きながら、あたしに縋り付いてくる奈津美を抱き寄せ、言い聞かせた。
――……大丈夫だから。……アンタは、何も気にせず、学校に行きなさい。
――あたしが、全部やるから。
もう、その時には、大学を辞める覚悟はできていた。
母さんが、あんな状態なのだ。
あたしが支えるしかない。
三年の間、あたしは、自分に言い聞かせ、やってきたのだ。
――その間も、一度も泣く事は無かった。
ようやく、涙がおさまったので、深呼吸をすると、むせたように咳が出る。
……やっぱり、風邪かなぁ……。
ため息をつけば、喉はヒリつく。
息が熱い気がしたので、体温計で計れば、再び三十九度台。
奈津美じゃないけど、アラサー、体力落ちてきたのかしら。
そんな事を思いながら、どうにかベッドに倒れ込み、目を閉じる。
――どうか、もう、これ以上、二人を傷つける事がありませんように。
意識が飛ぶ直前、不意に出てきたのは、そんな事だった――。