Runaway Love

11

 止められたエレベーターのドアから、滑り込んできたのは――

「――野口くん?」

「オレも、部屋で食べます。いつも、携帯食、デスクに入れてるんで」

「……そ、そう」

 あたしは、少しだけ驚くが、構わずにエレベーターのドアは閉まる。
 数十秒間だけれど、箱の中は静かすぎて、ちょっといたたまれない。
 そもそも、野口くんは、配属時から無口で、何を考えているのかわからない所がある。
 そんなあたしを気にも留めず、野口くんは、目を隠す程の長い前髪の奥から、階数表示をずっと見つめていた。
 そして、経理部のある五階に到着し、ドアが開くと、あたしが先に下り、野口くんが後ろから来る。

「――大丈夫ですか?」

「え?」

 一瞬、何を言われたのか、わからずに振り返る。
「……体調、まだ、本調子じゃないんでしょう?歩く速さ、いつもよりゆっくりです」
「え」
 野口くんは、固まるあたしをそのままに、部屋のドアを開けて、さっさと中に入る。
 ――驚いた。一応、他人(ひと)の事、見てるのね。
 他人に興味無さそうなイメージだったが、そうでは無かったらしい。
 あたしは、何だか、うれしくなる。
 こんな風に、知らない一面を見られるのは、面白いと思うから。
 ――早川だって、そうだ。
 泊まった時には、いつも仕事上で見ている早川のイメージではなかった。

 ――そうよね。誰だって、全部を見せてる訳じゃないんだから。

 ……岡くんは、どうなのかしら。

 何を考えているのか、わからない時も多い。
 多分、あたしが見ているのは、岡くんが見せたい彼なんだろう。

 ――あたしが、抱え込んでいるものを、誰にも見せたくないのと同じ。

 昼休みで、考える隙間ができたせいか、余計な事が次々と浮かんでしまい、あたしは、軽く首を振った。

 部屋に入れば、先に入った野口くんは、既に自分のデスクで携帯食を食べながら、スマホを眺めていた。
 あたしは、苦笑いを浮かべるが、休憩時間は個人の自由なんだから、と、バッグを取り出す。
 もう、お昼を食べる時間も気力も無い。
 せめて、飲み物だけでも買ってこようか。
「――()りますか?」
「え?」
 立ち上がって、自販機へ行こうとすると、野口くんが持っていた携帯食の小袋を、こちらに向けていた。
「食べないと()たないですけど」
「――でも」
「別に、嫌いなら構いません」
 視線をそらしながら言うが、見やれば耳が真っ赤だ。
 あたしは、クスリ、と、笑うと、彼の手から小袋を受け取った。
「――ありがとう、助かるわ。飲み物、いる?お礼におごるわよ」
「ああ、いえ。ありますから」
 そう言うと、足元からペットボトルを取り出して見せた。
 どうやら、カバンに入れていたらしい。
「そっか。じゃ、ちょっと自販機行ってくるわね」
「ハイ」
 淡々と返す野口くんと話すと、何だか気が楽だ。
 必要以上に踏み込んでこないから――。
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