Runaway Love
 昼休みも終え、再び、怒涛の引き継ぎ作業が始まる。
 途中、用があって来た他の部署の人間は、その空気に怯えて、用が済むと、すぐに退散していった。
 そして、終業のベルは鳴ってはいるが、全員席を立つ事は無い。
「ホラホラ、気持ちはわかるけど、今日だけで終わらせなきゃいけない訳じゃないんだよ」
 三十分程すると、部長が困ったように笑って言った。
 あたし達は、顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「そうですね。――今日は、上がりましょうか」
 あたしがそう言って立ち上がると、同じように全員が立ち上がる。
 イスの音がかぶって、少しうるさい。
 学校で、授業後に、そろって席を立った時のよう。
「そうそう。杉崎くんは、特に、早く帰った方が良いよ」
「そうですよ!病み上がりなんですから」
 部長と外山さんに念を押され、あたしはうなづく。
 まあ、お昼もほとんど食べてないし、これ以上は、お腹が鳴ってしまいそう。
「じゃあ、お疲れ様でした」
 あたしは、みんなに頭を下げ、部屋を出る。

「おう、お疲れ」

 すると、早川がいつもの場所で待機していた。

「――……お疲れ様」
 あたしは、視線をそらし、エレベーターホールへ向かう。
 逃げるように早足になってしまうが、仕方ない。
 急いでボタンを押し、ドアが開くと、すぐに乗り込んだ。
「待て、コラ」
「ちょっ……」
 すると、早川が、追いかけてきて乗り込むと、ドアの開閉ボタンをたたくように押した。
 あたしは、ゆっくりと閉まっていくドアを、少々イラつきながら待ち、動き出したエレベーターの重力に耐える。
 ――気まずいのに、何で待ってるのよ。
「杉崎」
「……何」
「悪い」
「え?」
 短いやり取り。けれど、何かがあったのは、わかった。

「――……俺が、昨日の朝、お前の部屋から出てくるの、見られた……」

「――……はぁ⁉」

 いろいろと突っ込みたいが、妙に納得もしてしまう。
「……道理で、社食で視線が向いてくると思ったら……」
 でも、何で、あたしの部屋だってわかったのかしら。
 その疑問は、早川が眉を寄せながら答えた。
「――あの若いヤツ……確か、岡だったか、も、一緒だっただろ。……それで、この前の騒ぎとつなげて、そうなったらしい」
 あたしは、うなづきかけて止まった。

 ――岡くんも見られたって……。

 ――……まさか……。

 早川は、あたしの思考がわかったのだろう。
 ため息交じりにボヤいた。

「……お前、二股かけてるってウワサだ」

「……はあぁ!!?」

 あたしの叫びは、小さな箱の中で響き渡ったのだった。
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