Runaway Love
翌朝、少し腫れぼったくなっている目を冷やしながら、朝食を済ませる。
昨日よりも三十分は早い。
人と顔を合わせなくて済むなら、今、出ようか。
今日、呼び出されるかもしれないし、先に仕事を始めていた方が良いだろう。
あたしは、そう思い、支度をすると部屋を出た。
「早いな」
「え」
アパートの階段を下りて、門を出ると、電柱の辺りで立っていた早川に声をかけられ、思わず固まった。
「――気づかないとでも思ったかよ。お前の思考くらい、読めるわ」
「……アンタ、あたしが言った事、わかってる?」
すると、早川は苦笑いでうなづいた。
「――わかってる。……俺だって、回せる頭くらいあるぞ」
「じゃあ……」
「なら、間男ポジションで上等だろ」
「……は⁉」
早川は、硬直しているあたしに近づくと、のぞき込んで言った。
「二股のウワサが無くなれば、面倒なウソもつかなくて済むよな?」
――……バレてる……。
あたしは、うなだれたくなるのを必死でこらえ、会社へと足を進めた。
「……気のせいよ。適当な事、言わないでちょうだい」
「辞めるなよ」
「え?」
唐突に言われ、振り返る。
早川は、真っ直ぐにあたしを見つめた。
「ウワサのせいで、会社辞めるつもりだったんだろ。だから――野口とか言ったか――アイツが、そんな提案したんじゃないのか。少なくとも、俺とは距離を置けるだろ」
コイツは、何で、そう頭が回る。
普段はそんな素振りなんて、見せもしないのに。
でも、ここで認める訳にはいかない。
「――違うから。……あたし、野口くんといると、楽なの」
「杉崎」
「余計な真似、しないで。――お願い」
あたしは、それだけ言い残すと、早川を置き去りに会社へと向かった。
「おはようございます、杉崎主任」
「あ、お、おはよう……」
ロッカールームを出ると、ロビーのイスに座った野口くんが、缶コーヒーを手に、こちらを見やった。
「嫌いじゃなかったら、どうぞ」
そう言って、あたしに一本手渡す。
反射的に受け取り、顔を上げると、野口くんは困ったように口元を上げた。
「昨日の今日なんで、まだ、ウワサは収まらないでしょうが、様子を見ていきましょう」
「――そうね」
あたしは、うなづくと缶コーヒーを両手で包む。
朝は、まだ少し冷えるので、ちょうどいい温かさだ。
二人でエレベーターに乗り込むと、あたしは視線を下げてしまう。
――早川に気づかれているのを、言った方が良いんだろうか。
静かな動作音だけが響く箱の中は、罪悪感を増長する。
けれど、すぐに到着音が鳴り、ドアが開いた。
「お先にどうぞ」
野口くんは、手でドアを押さえると、あたしを見やる。
「あ、ありがと」
当然のような行動に、あたしは苦笑いだ。
「そういうの、気をつけてね」
「え、あ、マズいですか?」
「何人かいる時は構わないけど……女性と二人きりの時はね」
いくら対象外でも、こんなスマートにされると、範囲に入ってきてしまう可能性もある。
恋愛のきっかけなんて、ささいな事が多いのだから。
「あ、でも、オレ、女性と二人になりそうな時は、乗りませんから」
「え?」
じゃあ、あたしは何なんだろう。
その疑問が顔に出ていたのか、野口くんは苦笑いだ。
「さすがに、付き合ってるっていうのに、それは無いでしょう」
「あ、そっか。そうよね……」
まだ、実感がそんなに無いのだ。
あたしは、この人の彼女。
そう言い聞かせながら、経理部の部屋のドアの鍵を開けた。
昨日よりも三十分は早い。
人と顔を合わせなくて済むなら、今、出ようか。
今日、呼び出されるかもしれないし、先に仕事を始めていた方が良いだろう。
あたしは、そう思い、支度をすると部屋を出た。
「早いな」
「え」
アパートの階段を下りて、門を出ると、電柱の辺りで立っていた早川に声をかけられ、思わず固まった。
「――気づかないとでも思ったかよ。お前の思考くらい、読めるわ」
「……アンタ、あたしが言った事、わかってる?」
すると、早川は苦笑いでうなづいた。
「――わかってる。……俺だって、回せる頭くらいあるぞ」
「じゃあ……」
「なら、間男ポジションで上等だろ」
「……は⁉」
早川は、硬直しているあたしに近づくと、のぞき込んで言った。
「二股のウワサが無くなれば、面倒なウソもつかなくて済むよな?」
――……バレてる……。
あたしは、うなだれたくなるのを必死でこらえ、会社へと足を進めた。
「……気のせいよ。適当な事、言わないでちょうだい」
「辞めるなよ」
「え?」
唐突に言われ、振り返る。
早川は、真っ直ぐにあたしを見つめた。
「ウワサのせいで、会社辞めるつもりだったんだろ。だから――野口とか言ったか――アイツが、そんな提案したんじゃないのか。少なくとも、俺とは距離を置けるだろ」
コイツは、何で、そう頭が回る。
普段はそんな素振りなんて、見せもしないのに。
でも、ここで認める訳にはいかない。
「――違うから。……あたし、野口くんといると、楽なの」
「杉崎」
「余計な真似、しないで。――お願い」
あたしは、それだけ言い残すと、早川を置き去りに会社へと向かった。
「おはようございます、杉崎主任」
「あ、お、おはよう……」
ロッカールームを出ると、ロビーのイスに座った野口くんが、缶コーヒーを手に、こちらを見やった。
「嫌いじゃなかったら、どうぞ」
そう言って、あたしに一本手渡す。
反射的に受け取り、顔を上げると、野口くんは困ったように口元を上げた。
「昨日の今日なんで、まだ、ウワサは収まらないでしょうが、様子を見ていきましょう」
「――そうね」
あたしは、うなづくと缶コーヒーを両手で包む。
朝は、まだ少し冷えるので、ちょうどいい温かさだ。
二人でエレベーターに乗り込むと、あたしは視線を下げてしまう。
――早川に気づかれているのを、言った方が良いんだろうか。
静かな動作音だけが響く箱の中は、罪悪感を増長する。
けれど、すぐに到着音が鳴り、ドアが開いた。
「お先にどうぞ」
野口くんは、手でドアを押さえると、あたしを見やる。
「あ、ありがと」
当然のような行動に、あたしは苦笑いだ。
「そういうの、気をつけてね」
「え、あ、マズいですか?」
「何人かいる時は構わないけど……女性と二人きりの時はね」
いくら対象外でも、こんなスマートにされると、範囲に入ってきてしまう可能性もある。
恋愛のきっかけなんて、ささいな事が多いのだから。
「あ、でも、オレ、女性と二人になりそうな時は、乗りませんから」
「え?」
じゃあ、あたしは何なんだろう。
その疑問が顔に出ていたのか、野口くんは苦笑いだ。
「さすがに、付き合ってるっていうのに、それは無いでしょう」
「あ、そっか。そうよね……」
まだ、実感がそんなに無いのだ。
あたしは、この人の彼女。
そう言い聞かせながら、経理部の部屋のドアの鍵を開けた。