Runaway Love
 平日のファミレスは、比較的早い時間とはいえ、まあまあの混み具合だった。
 お互いにドリンクバーと、夕飯を頼み、角の二人掛けの席に陣取る。

「――……大丈夫でしょうか、早川主任……」

 早速、ドリンクバーで緑茶を持って来た野口くんは、気まずそうにあたしに尋ねた。
 他の客と少しは距離があるが、誰に聞かれるともわからないので、声は抑え気味だ。
「大丈夫だと思いたいわね。――でも、原因の一端はアイツにあるのは確かなんだから、文句は言えないわよ」
 そもそも、アイツと岡くんが、二人であたしの部屋から出てきたのを見られたから、そんなウワサが立ったのだ。
 本人だって、わかってる。
「……でも、相当ショックな顔してましたよ」
 その言葉に、胸の奥は、ズキリと痛む。
 ――……確かに、公衆の面前で振ってしまったのだ。
 明日から、どんな顔をすればいいのか。

「――……自業自得よ」

 そう、自分に言い聞かせるようにつぶやくと、あたしはドリンクバーへ立った。 

 二人の注文した品が同時に届くと、無言のまま、食べ始める。
 野口くんも、あたしも、必要以上に話さないタイプだ。
 明るすぎるBGMだけが、二人の間を流れていく。
「……あの……」
「え?」
 すると、不意に、野口くんが手を止め、あたしを見やる。
「……何かあったら、ちゃんと言ってください」
「――え」
 つられて、あたしも手を止める。
 野口くんは、真っ直ぐにあたしを見つめる。
 前髪の下の素顔を知ってしまった今、一瞬、その視線の強さに、たじろいでしまう。
「杉崎主任、自分で何とかしようとするじゃないですか。何でも」
「――そ、そうかしら」
 確かに、何にしても、必要最小限にしか頼りたくない。
 それは、昔の経験もあって――もう、そういう性分になってしまったのだ。
 仕方がない。
「オレじゃあ、手に負えない事もあるかもしれませんが……頼ってください」
「で、でも、これ以上迷惑かける訳にはいかないじゃない」
 ただでさえ、嘘の関係をお願いしているのだ。
 けれど、野口くんは、視線をそらさない。
「――……主任の力になれるように、頑張りますから。――だから……絶対に辞めないでくださいよ」
 淡々とした口調のクセに、何で、そういう事をスラスラ言えるんだろう。
 そう考え、思い至る。
「――ねえ、野口くん。……もしかして、無意識?」
「え?」
 キョトンとする彼を、あたしはのぞき込んで言った。
「他の女性に言ったら、完全に勘違いされるわよ」
「え」
 その言葉に、野口くんは、若干青くなる。
 やっぱり、自覚は無かったのか。
 何となく、中学の時の状況が読めた気がした。
 ――自分の恋愛には、怖気づくクセに。
「昔から、そういう事言ってたんじゃない?女子が勘違いしても、しょうがないような言い方で」
「――ええー……」
 あたしの指摘に、野口くんは、そのまま頭を下げてうなだれる。
「……ああ……何となく……言ったような記憶も……」
「じゃあ、一方的に相手が悪いとかじゃないんじゃない?」
「でも、オレは全然そういうつもりじゃ……」
「思春期の女子には、通用しないわよ」
 ――あたしにも、そういう苦い記憶はある。
 そして――それが、深い傷になっているのだ。
「まあ、あたしは本気にしないから。そういう人だと思っておくわ」
「――すみません。助かります」
 申し訳なさそうにうなづく野口くんに、あたしは、苦笑いで返す。
 もしかして、少しズレているんだろうか。
 この偽装彼氏の提案だって、突拍子も無いものだったし。
 コミュ障の弊害は、割と深刻なのかもしれない。
「じゃあ、ギブアンドテイクって事で――あたしで良ければ、コミュ障改善の手助けしようか?」
 あたしは、少々気まずそうに緑茶を飲んでいる野口くんに、提案する。
「え?」
「このまま一人でいるにしても、何かしら、他人と接触しなきゃいけないじゃない。そういう時、誤解を招かない、最低限の対応ができた方が楽でしょ」
「――それも、そうですね……」
 再び下ろされた前髪からのぞく視線は、真剣だ。
「じゃあ、お願いします。……オレ、結構無意識で言うようなので」
「そうみたいね」
 苦笑いで返すと、あたし達は、また食事を無言で続けた。
< 62 / 382 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop