Runaway Love
「――いやぁ、意外と頑固なコだなぁ……」
 部長が、閉まったドアを見つめながら、感心したように言う。
「そうですね。もうちょっと、甘ちゃんかと思ったけど、やる気はあるんだな」
 大野さんの感想に、あたしもうなづく。
「――あたし、若いからって、ちゃんと仕事教えて良いのか迷ってたんです。……すぐに辞めるかもしれない、って。――ホント、失礼な事考えてました」
「仕方ないだろ、それは。今までも、そうだったんだから」
 大野さんは、自分のカバンを持ちながら、あたしを見やる。
 あたしが来てから、数人の女性が入ったが、一年、もつかもたないかで退職していった。

 ――すみません、思ってた以上に忙しくて。

 ――こっちより、待遇良いトコ見つかって。

 そんな風に、見限るのも早い彼女たちに、あたしは無意識に期待するのをやめていたのだろう。 

 ――明日から、また、ちゃんと教えなきゃ。

 自分の小ささを反省しつつ、あたしは気合いを入れた。


 それから、残った全員でエレベーターに乗り込む。
 今日は、たぶん、最終組だろう。
 そう思っていたのに。
 エレベーターの階数表示が、三階で止まり、あたしは一瞬ギクリとする。
 けれど、開いたドアから見えたのは、榎本部長と、営業課長達だった。
「おお、お疲れさんー!」
 無駄に大きな声で、榎本部長は挨拶をしながら入って来る。
 定員は約十五人。
 満員とまではいかないが、まあまあの人数になった。
 部長同士で盛り上がっているのを横目に、係長たちの視線が、一瞬だけ、あたしに向いた気がする。
 それから逃れたくて、少しだけ壁側に寄ろうとすると、不意に腕が引かれた。

 ――え。

 見上げれば、野口くんが、口パクで自分の後ろを見やる。

 ”こっちに”。

 あたしは、かすかにうなづくと、そおっと位置をずらした。
 エレベーターの角に背中を預け、視界はほとんど、野口くんの後ろ姿だ。

 ――ああ、もう、このコは。
 ――きっと、気づいていないんだろうな。

 あたしは、あきれ半分に笑みが浮かんだ。

 ロビーで全員と別れると、野口くんと二人でロッカールームへ向かう。
 基本、裏から出るようだ。
 男性用は、使用する人間があまりいないが、こちらに裏口があるのだから、方向は自然と一緒だ。
「――送りますよ」
「え」
 不意に声をかけられ、あたしは、ロッカールームのドアに手をかけたまま振り返った。
「いいわよ、ホントに近いし」
「杉崎主任、外山さんだけが女性だと思ってます?」
「え」
 少々不機嫌そうに、野口くんが言うので、あたしは目を丸くして返した。
「い、いや、車で何分だと思ってんの。逆方向だし……」
 けれど、うなづいてくれなかった。
「杉崎主任も女性ですからね。――いいから、送ります」
「――あ、あり、がと……」
 思わぬところで女性扱いされ、胸が鳴ってしまう。
 だが、それも一瞬の事だ。
 ホント、無自覚なのは注意しなきゃ。
 ひとまずうなづくと、あたしは自分のロッカーからカバンを取り出し、支度をすると部屋を出た。
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