Runaway Love
「え、さっきのもマズいんですか⁉」
お言葉に甘え、野口くんの車の助手席に乗り込むと、あたしは、念を押すようにさっきの言動を注意した。
驚いたように返す彼に、眉を寄せる。
「マズいなんてモンじゃないわよ。あたしじゃなかったら、完全にフラグ立ってたからね」
「――ええー……」
「ホント、何て言うか……外国人レベルに見えるんだけど。……ハーフとかじゃないでしょうね?」
「違います。百パーセント日本人ですよ」
エンジンを暖めている間、野口くんは、シートにもたれて前髪を上げる。
「――まあ、杉崎主任で良かったです」
しみじみと言うので、あたしは、その、いつも隠された顔をのぞき込んで笑った。
「相当トラウマねぇ」
「いや、本当にホラーかと思ったくらいですから。四六時中、人のコト、チラチラ見て、席を立てばついてきて、かと思えば、何を言う訳でもない。受験前に、何の嫌がらせかと」
「受験前……」
それは、さすがに。
あたしの反応に、野口くんは笑った。
「まあ、自分の受験もあったんで、三学期半ばくらいで終わったんですけど」
「そっか……って、ああ、バレンタイン?」
「そうですね。キッパリ断ったら、逆切れされました。あたしの事、好きなんじゃなかったの、って。しかも、自分の友達、五人も引き連れて」
「……うわぁ……」
昔から、友人と呼べる人間のいないあたしには、想像するしかないが――若干、寒気がした。
中学生くらいが、一番、集団を作りやすいし、味方がいれば安心なんだろうけれど。
「……告白くらい、一人でしなさいよ……」
「――ホントです」
ボヤいたあたしに、野口くんも、同じようにボヤく。
二人で視線を合わせ、苦笑いだ。
「――何か、思考回路、似てるわね、あたし達」
「そうですね。……まあ、だから、楽なのかも」
そう言うと、野口くんは、車を発進させた。
車を使えば、会社からアパートまでは、五分もしない。
しかも、このくらいの時間、人通りも車の通りも少ない。
会社の前の国道も、日中の二、三割ほどだ。
「だから、すぐって言ったのに」
あたしは、目の前に見えてきた見慣れた景色に、そうボヤく。
「だから――……」
言いかけた野口くんは、不自然に口をつぐんだ。
「……野口くん?」
「いや……注意されたばかりだったのに」
アパートの前に車を停めると、サイドブレーキをかけ、野口くんはあたしを見た。
「まあ、自覚するのとしないのとは、違うからね」
また、無意識に言いかけたのだろう。
「そうなんですけど……習性と言うか……」
「うーん……。まあ、本当に大事な女には、むしろ言ってあげた方が良いと思うし……。無理矢理やめなくても」
「――いや、面倒事は、もう、ごめんなんで」
あたしは、表情をこわばらせる野口くんに、苦笑いが浮かぶ。
「徐々に、って事で良いんじゃない?急にやめなくても」
「……はあ……」
「じゃあ、ありがと。気をつけてね」
思わず頭を下げた彼にそう告げ、あたしは車を降りようとしたが、不意に腕を掴まれた。
「え?」
「あ、あの……デート、なんですけど……明後日……土曜で良いですか?」
「え、あ、うん。そうね。出るの、午前?」
「そうですね。――大体、昼前くらいで……」
あたしはうなづくと、助手席から降りて、中をのぞき込む。
軽く会釈をすると、野口くんは、車を発進させた。
――彼も、苦労してるなぁ……。
でも、何でだろう。
あたしにしては、何の抵抗もなく、一緒にいられる。
――楽です。
そう言ってくれる野口くんに、あたしも同じ事を思う。
一人の人間として、仕事仲間として。
――もしかしたら、友人とは、こういうものなんだろうか。
昔から、奈津美のせいで、友達と言える相手もいなかったから――よくわからないけれど……。
もし、そうなら、初めての男友達だ。
何となく、その事実がうれしかった。
お言葉に甘え、野口くんの車の助手席に乗り込むと、あたしは、念を押すようにさっきの言動を注意した。
驚いたように返す彼に、眉を寄せる。
「マズいなんてモンじゃないわよ。あたしじゃなかったら、完全にフラグ立ってたからね」
「――ええー……」
「ホント、何て言うか……外国人レベルに見えるんだけど。……ハーフとかじゃないでしょうね?」
「違います。百パーセント日本人ですよ」
エンジンを暖めている間、野口くんは、シートにもたれて前髪を上げる。
「――まあ、杉崎主任で良かったです」
しみじみと言うので、あたしは、その、いつも隠された顔をのぞき込んで笑った。
「相当トラウマねぇ」
「いや、本当にホラーかと思ったくらいですから。四六時中、人のコト、チラチラ見て、席を立てばついてきて、かと思えば、何を言う訳でもない。受験前に、何の嫌がらせかと」
「受験前……」
それは、さすがに。
あたしの反応に、野口くんは笑った。
「まあ、自分の受験もあったんで、三学期半ばくらいで終わったんですけど」
「そっか……って、ああ、バレンタイン?」
「そうですね。キッパリ断ったら、逆切れされました。あたしの事、好きなんじゃなかったの、って。しかも、自分の友達、五人も引き連れて」
「……うわぁ……」
昔から、友人と呼べる人間のいないあたしには、想像するしかないが――若干、寒気がした。
中学生くらいが、一番、集団を作りやすいし、味方がいれば安心なんだろうけれど。
「……告白くらい、一人でしなさいよ……」
「――ホントです」
ボヤいたあたしに、野口くんも、同じようにボヤく。
二人で視線を合わせ、苦笑いだ。
「――何か、思考回路、似てるわね、あたし達」
「そうですね。……まあ、だから、楽なのかも」
そう言うと、野口くんは、車を発進させた。
車を使えば、会社からアパートまでは、五分もしない。
しかも、このくらいの時間、人通りも車の通りも少ない。
会社の前の国道も、日中の二、三割ほどだ。
「だから、すぐって言ったのに」
あたしは、目の前に見えてきた見慣れた景色に、そうボヤく。
「だから――……」
言いかけた野口くんは、不自然に口をつぐんだ。
「……野口くん?」
「いや……注意されたばかりだったのに」
アパートの前に車を停めると、サイドブレーキをかけ、野口くんはあたしを見た。
「まあ、自覚するのとしないのとは、違うからね」
また、無意識に言いかけたのだろう。
「そうなんですけど……習性と言うか……」
「うーん……。まあ、本当に大事な女には、むしろ言ってあげた方が良いと思うし……。無理矢理やめなくても」
「――いや、面倒事は、もう、ごめんなんで」
あたしは、表情をこわばらせる野口くんに、苦笑いが浮かぶ。
「徐々に、って事で良いんじゃない?急にやめなくても」
「……はあ……」
「じゃあ、ありがと。気をつけてね」
思わず頭を下げた彼にそう告げ、あたしは車を降りようとしたが、不意に腕を掴まれた。
「え?」
「あ、あの……デート、なんですけど……明後日……土曜で良いですか?」
「え、あ、うん。そうね。出るの、午前?」
「そうですね。――大体、昼前くらいで……」
あたしはうなづくと、助手席から降りて、中をのぞき込む。
軽く会釈をすると、野口くんは、車を発進させた。
――彼も、苦労してるなぁ……。
でも、何でだろう。
あたしにしては、何の抵抗もなく、一緒にいられる。
――楽です。
そう言ってくれる野口くんに、あたしも同じ事を思う。
一人の人間として、仕事仲間として。
――もしかしたら、友人とは、こういうものなんだろうか。
昔から、奈津美のせいで、友達と言える相手もいなかったから――よくわからないけれど……。
もし、そうなら、初めての男友達だ。
何となく、その事実がうれしかった。