Runaway Love
「次、どうしますか?」

 若干の好奇の視線を受けながら、靴屋から出て、ウィンドウショッピングを少ししてみる。
 自分には縁の無いような世界に圧倒されつつも、野口くんと手を繋いで歩いていると、彼は、そう言ってあたしを見下ろした。
「そうね……。そろそろ、お昼だけど……どこか入る?」
「ああ、そうですね。混まないうちに、済ませましょうか」
 会社の時と、ほとんど変わりない反応に、逆に安心してしまう。
 外見は変わっても、中身は変わってないようだ。
「どこでも良いけど……何か食べたいものは?」
 あたしが尋ねると、野口くんは眉を寄せる。
「……すみません……。オレ、詳しくなくて……」
「あたしも詳しくないわよ。――ファミレスがあれば楽なんだけどねぇ……」
 この前のように、客層に幅があった方が入りやすいのだけれど、ここには、おしゃれなカフェか、ファミリー層向けのフードコートしか無い。
「ここは……あきらめて、そっちにしますか」
 野口くんは、チラリと、カフェの方を見やった。
「……うん……」
 あたしはうなづくが、正直、入った事は無いので、どうすれば正解なのか迷ってしまいそうだ。
「それか、別のファミレスでも行きますか?」
「え?」
 選択肢が増やされ、あたしは顔を上げる。
 野口くんは、眉を下げて微笑んだ。
「――何か、気乗りしてないみたいですから」
「あ、ご、ごめん。……正直、別世界みたいで……」
「気にしないでください。言ってみただけですから。茉奈さんが行きたい所で構いませんよ」
 そう言ってくれるのは、ありがたいが……元々はあたしのせいで、こんな状況になっているのだ。
 これ以上、我がままを言う訳にもいかない。
「大丈夫。――いっつも、自炊しかしてないから、慣れてないだけで……」
「あ」
「え?」
 途中でさえぎられ、あたしは野口くんを見上げる。
「どうかした?」
「いや……店入るのが気が引けるなら、テイクアウトでもして、どこかで食べますか?」
「ああ、そういう手もあったわね」
 あたしには思い浮かばなかった選択肢にうなづき、テナントの紹介がされている看板を見つけて悩む。
 今度は、選択肢がありすぎだ。
 どこもテイクアウトはできるようだけれど、正直、食べたいものが無いのだ。
「……ごめんなさい。優柔不断よね……」
「いや、構いませんよ。茉奈さん、仕事の時とは、全然違うんで新鮮ですし」
 思わず固まってしまうが、このコは無意識だ。
 そう言い聞かせ、息を吐いた。
「いっそのこと、自分で作った方が楽なのよね……」
「――じゃあ、そうしますか」
「え」
 何となくの言葉を拾われ、あたしは驚く。
「ウチ、一応、姉貴にひと通り揃えられてるんで、場所と基本的なものは提供できるかと」
「――え、で、でも」
 戸惑うあたしに、野口くんは気まずそうに続けた。
「……すみません……。あと、そろそろ、限界が近いです」
「え?」
「……気のせいだと良いんですが……ずっと……視線が向けられてるみたいで……。いつもの視界じゃないんで、神経がやられそうです……」
 あたしは、ギクリとして、周囲をチラリと見やる。
 すると、女子高生らしき集団や、買い物に来ているような若い女性たちが、チラチラとこちらを見ている。
 あまつさえ、スマホを向けようとしている常識知らずもいるので、あたしは視線を鋭くしてしまった。
 幸い、空気を読んだのか、あたしが見たのに気づいたのか、スマホは片付けられたが。
「――わかった。今日は、頑張ったものね。……駆くん、家の近くにスーパーとかある?」
「あ、はい。近所に”マルタヤ”が」
 マルタヤは、ウチも商品を納品している、県内有数のスーパーだ。
 数キロに一軒は存在している。
「じゃあ、そこで材料買って、駆くんの部屋で作る。これでどう?」
「――お願いします」
 あたしは、うなづいて野口くんの手を取る。

 ――そうだ。あたし、何を甘えてたんだ。

 野口くんは、コミュ障を押してまで、頑張って付き合ってくれてるんだから。
「――運転はできそう?」
「大丈夫ですよ。――視線が気にならなくなれば、平気ですから」
 あたしが尋ねると、彼は、少しだけ青ざめた顔で笑ってみせる。
 けれど、握った手には、不自然なほど力が入っている。
「――大丈夫。……あたしがついてるからね」
「――……ありがとうございます……」

 つないでいた手は、自然に指がからめられた。
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