Runaway Love
「ごちそうさまでした」

 野口くんは、そう言って、キレイに食べ終えた食器をシンクに持っていく。
「あ、あたしがやるから、休んでて」
「でも、作ってもらいましたし」
「それを言ったら、あたしは車、乗せてもらったんだから。それに、まだ、完全に落ち着いてないでしょ」
「――……じゃあ……すみません。ありがとうございます」
 あたしは、自分の皿を持つと、野口くんを座らせる。
 ベーコンと小松菜の和風スパゲティと、簡単なグリーンサラダ。
 大したものではないけれど、ちゃんと食べてくれて良かった。
 皿の汚れを水で流しながら、あたしは洗い物を始める。
 野口くんは、大人しく座ると、ポツリと言った。
「……何か、久しぶりに、作ったもの食べた気がします」
「自分で作らないの?」
「まあ……あんまり、こだわらないんで」
「コンビニご飯とか?」
 あたしが、鍋を洗いながら振り返ると、野口くんは、一瞬気まずそうに視線をそらす。
「野口くん?」
「……あの……携帯食とか……面倒だと、抜いてるんで……」
「はぁ⁉」
 その返事に、あたしは思わず泡のついたスポンジを持ちながら、体ごと振り返った。
「いや、ちょっと、本気で言ってる⁉」
「はあ……まあ、こうして生きてますから……」
 あたしは、うなだれると、再び洗い物に戻る。
「……茉奈さん……?」
「いつか、倒れるからね。……ちゃんと、三食、食べないと」
「――そうなんですけど……本読み始めると、時間の感覚無くなって、気がついたら日付超えてたりするんで……」
 ――あ、それは、わかっちゃう。
 でも、頻繁には、さすがにマズい。
 あたしは、洗い物を終え、さっとシンクを拭く。
 そして、あたしの機嫌をうかがうように見てくる、野口くんの前に座った。
「……ま、茉奈さん?」
「あのねぇ、とにかく、そういう生活、毎日はやめなさい。……いずれ、仕事にも影響するわよ」
 まるで、奈津美に説教をするみたいに、あたしは彼をにらむ。
「とにかく、健康第一。すべては、体があっての事なんだから」
「……わ、わかりました。……善処します……」
 あたしの気迫に押され気味になりながら、野口くんはうなづいた。
 それにうなづくと、チラリと本棚を見る。
 ――やっぱり、ガマンできない。
「……あ、あのさ、ちょっと見ても良い……?」
 ずっと気になって仕方なかった本棚を見やって、あたしは、お伺いを立ててみる。
 最近は、本屋すら行けてないのだ。
 すると、野口くんは、あっさりとうなづく。
「どうぞ。何だったら、貸しますよ」
「え!本当⁉」
 その言葉に、あたしは即座に反応してしまう。
 すると、野口くんは、吹き出しながらもうなづいた。
「――茉奈さん、どれだけですか……」
「しっ……仕方ないじゃないっ……。全然読めなかったんだから……」
 あたしは、少々ふてくされながら立ち上がると、本棚の正面に立って悩み始めた。
 とにかく、ジャンルが広いのだ。
 あちこち見ながら悩み続けていると、野口くんが後ろから手を伸ばした。
「おすすめ、というか……このシリーズは、ハズレ無しなんで」
 あたしの真横から、そう言って本を取ると、野口くんは渡してきた。
「あ、知ってる。ちょっと前に出されたヤツよね。時間無くて、まだ読めてなかったんだけど」
 渡された本は、あたしがずっと好きな”芦屋(はる)”という、大御所男性作家が、ここ数年出し続けているものだ。
 既に、シリーズ二十二冊を数えている。
 先日、野口くんと盛り上がった作品、”不幸(アンラッキー)の定義”という作品の作者でもある。
「じゃあ、ちょうど良かった」
 あたしは、それを受け取ると、野口くんを見上げる。
「……今、読んでも良い?」
「――……ど、どうぞ」
 ぎこちなく視線をそらされ、あたしは眉を寄せる。
「何?マズかった?」
「いえ……オレの事情なんで、構わなくて良いです」
 あたしは、ハテナマークを浮かべながらも、本の誘惑に負けてしまい、疑問はそのまま消え去っていった。
 そして、野口くんも一冊手に取ると、二人でベッドを背に、没頭してしまったのだった。
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