Runaway Love
「――これでいいか」
「茉奈さん、終わりました?」
 あたしが紙を貼り終え、振り返ると、裏口から岡くんが顔をのぞかせた。
「……何か用なの」
「え、あ――……これから、じいちゃんのトコ行って、食材のリスト見せてくるんで、伝票類、茉奈さんに出してもらえって言われて」
「……ああ、引き取ってもらえるの」
「困った時は、お互い様だって言ってました」
「そう、ありがとう。――助かるわ」
 あたしは、それだけ言うと、レジが置いてある台の下にある、ファイルをひと通り出して、岡くんに渡した。
「どれがどうなのかは、わからないから、丸ごと渡しておくわ」
「――あ、ありがとうございます」
 全部で五冊。
 彼は、ひょいと抱えると、あたしを見た。
 その、何か言いたげにしている視線に、あたしは顔を背け、逃げるように裏口のドアを開ける。

「茉奈さん」

 追いかけてくる岡くんに、振り返らず言った。 

「――帰る。……母さんの様子は、ちゃんと見に来るから、アンタは自分の事だけ考えてなさい。ウチの事情は関係ないんだから」

「そういう訳にはいきませんよ。親友の家族なんですから」

 その考え方が、あたしには理解できない。
 ――家族ぐるみの付き合いなんて言っても、結局は他人なんだし。
 情が篤いのは良いけど、押し付けられるのはごめんだ。
 あたしは、岡くんを置き去りに、再び家に戻る。
「じゃあ、母さん、あたし帰るから」
「お姉ちゃん、待ってよ。どうやって帰るのよ」
「タクシー呼ぶに決まってるでしょ」
 免許はあるが、ペーパードライバーだ。
 そもそも、ウチには自家用車は無い。
 照行くんが持っているだけ。

 ――だって、父さんは、交通事故に遭って亡くなったんだから。

 当初、あたし達は全員、車に乗る事さえ怖かったのだ。
 とはいえ、地元で車は必須な面もあるし、就職でも要普通免許のところばかり。
 選択の余地も無いので、徐々に慣れていくしかなかった。
 今では、どうにか克服しているが、母さんは、まだ、余程でなければ乗る事は無いし、もちろん、運転など一切しない。

 ――たぶん、この先も同じだろう。

義姉(ねえ)さん、乗せていきましょうか」
 照行くんが、腰を上げながら言うが、あたしは首を振った。
「ありがと。でも、大丈夫よ」
 そう言って、スマホをバッグから取り出す。
 いつも使っているタクシー会社は登録してあり、すぐにつながった。
 そして、十分後に到着すると、あたしは一人、アパートへと帰ったのだった。


 家に到着し、すぐにベッドに横になる。
 もう、いろいろありすぎて、頭がパンクしそうだ。
 すると、ベッドの端に置いていたスマホが振動し、すぐに止まった。
 手に取って見れば、野口くんからメッセージが届いていた。

 ――大丈夫でしたか。

 端的なそれに、口元が上がる。

 ――捻挫だった。まあ、一か月ほど、様子見だそうよ。

 それだけ返し、すぐに、スマホを枕元に放り投げた。

 ――まだ、体が熱い。

 いつだって、岡くんは、あたしを縛り付けるようにキスをして、抱きしめる。
 まるで、逃がさないと言っているように。

 唇に手を当て、目を閉じる。
 彼の息遣いや、手の動きを思い出すと、嫌でも思い知らされるのだ。

 ――あたしは、やっぱり、彼に抱かれたんだ、と。

 一切覚えていないはずなのに、体の奥は、すぐに反応を見せる。

 ――……いっそ、お互いに忘れていれば良かったのに……。

 そうすれば、すべて無かった事にできた。
 こんな風に、振り回されなくて良かった。
 ――平和に毎日、同じように過ごしていけたのに。


 ――……もう、彼を知らないあたしには戻れない気がして、怖かった。
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