Runaway Love
 翌日まで、そんな事を考えながら、うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返していたせいか、いつもの時間よりも大幅に寝坊してしまった。
 時計を見やれば、もう十時前。
 何だか損をした気になってしまうが、今日は昨日できなかった洗濯や掃除。
 後は、食材の買い出し。
 タスクを頭の中で整理しながら、ひとまず朝食を終えた。
 すでに、ブランチに近かったが、食欲もそんなに無いので、いつも通りのパンとスープ、サラダで終わらせる。
 そして、洗濯機を回しながら掃除をひと通り終えると、既に一時を過ぎていた。
 ――やっぱり、寝坊は最大の敵だわ。
 貴重な休日が、もう、あと半日しか無い。
 あたしは、心の中でボヤきながら、出かける支度をした。
 買い物は、近間にマルタヤがあるので、いつもそこで購入する。
 大き目のバッグを二つ持ち、小さなバッグを肩に下げて、昨日買った靴を履く。
 一応、慣らしておかないと、また靴擦れが起きてしまう。
 あたしは、少しだけ気分良く、新しい靴を取り出すと、足を入れて立ち上がる。

 ――うん、違和感は無い。割と良い買い物だった……。

 そう思いかけて、我に返る。
 違う。これは、野口くんが買ってくれたものだ。
 あたしは、自分の足元を見て悩む。

 ――……いや、深い意味は無いし……履く為に買ったんだから、当然、履かなきゃ。

 ――”お礼と思ってください”。

 けれど、野口くんの言った言葉を思い出し、頭を悩ませる。
 ――……お礼って、何の、だろう。
 仕事上での手伝いとかなら、当然の事だし――他に何をした訳でもない。
 むしろ、あたしの方が、お礼をしなきゃいけないくらいなのに。

 答えを探しながらも、結局は、何も思い浮かばず。
 他に選択の余地も無いので、そのまま部屋を出た。

 マルタヤまでは、徒歩で十分ほど。
 勤め始めてから約五年、毎週日曜日に買いに行ってるので、顔は覚えられた可能性はある。
 でも、他に行けるところも無いし、日用品なども、ひと通り、道路沿いの商店街で揃うので、不便は無い。
 あたしは、マルタヤで戦利品をバッグに詰め込み、意気揚々と自動ドアを出る。
 すると、すぐに、目の前に影ができて、顔を上げた。

「――杉崎」

「はっ……や……かわ……」

 真正面には、ポロシャツとデニムという、ラフな服装の早川。
 以前見た私服とは、また、別のデザインで、感心する。
 意外と、ファッションに気を遣うタイプなのか。
 すると、早川はあっさりとあたしに話しかけてきた。
 ――一応、振られているはずなのに。
「おう、買い物か」
「――他に何してると思った訳」
 買い物バッグをパンパンにして、スーパーから出てくる人間が、買い物以外に何をすると言うのだ。
「お前なぁ……」
 苦りながら、早川は、あたしが抱えていたバッグに手を伸ばそうとした。
「な、何よ」
「持つ」
「いいわよ。大体、アンタ、買い物に来たんじゃないの」
「――いや、大した用事じゃねぇよ。夕飯買いに来ただけだから」
「……え」
 ――ああ、そうか。
 コイツは、自炊をほとんどしていないようだったから、お惣菜やお弁当を買いに来たのか。
 自分には縁遠い話に頭を回している内に、腕に抱えていた重みが消え去った。
「あ」
「お……っ……も!お前、何買ってんだよ、コレ」
 買い物バッグを二つとも持った早川は、思った以上の重みに、驚いてあたしを見下ろした。
「返してよ。一週間分の食材」
「マジか」
 まとめ買いという概念が無いようで、目を丸くする早川は、それでも、バッグを持ち直した。
「ダンベル持ってるみてぇだな」
「……持った事無いわよ」
「ウチ、あるぞ」
 あたしは、思わず顔を上げてしまう。
 ――ああ、そうか。一応、鍛えてはいるのか。
 以前見た早川の腕の筋肉を思い出し、視線をそらしてしまった。
 ――……いや、あたし、別にマニアじゃないし。
 鍛えてる体は、正直、嫌いじゃない。
 自分には、決してできないものだから。
 でも、ここまで身近に感じると、素直に感動できなくなってしまう。
「帰るだけか?」
「え」
 そんな事を考えていると、早川は、あたしに尋ねてきた。
「――ああ、ええ。別に、買い物するだけだったから」
「――そうか」
 自然に並んで歩き始めてしまった事に、今になって気がつき、思わず足を止めた。
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