Runaway Love
「杉崎?」
「――あ、ありがと。でも、もう、良いわよ。あたし、これくらい持って帰れるし」
 そう言って、早川の持っていた自分の買い物バッグに手を伸ばそうとすると、ヒョイ、と、高く上げられた。
「ちょっと!」
「何言ってんだ。途中でへばるだろ、絶対」
「大丈夫よ。――一緒にいるところ、誰かに見られたら、どうするのよ」
「別に」
 あっさりと言ってのける早川を、思わずにらみつけた。
 ――人が必死にウワサと戦ってるのに!
「大丈夫だろ、このくらい。たまたまで言い逃れできる」
「……そう上手くいく訳無いじゃない」
 何でこんなに、楽観的なの。
 こっちは、接点を減らそうと必死なのに。
 あたしは、早川の手から、買い物バッグを一つ奪い取る。
「お、おい!」
「ありがとう。ここまでで良いわ。もう一個も返して」
 すると、早川は、あたしを眉を寄せて見下ろす。
「――返す訳無ぇだろ」
 そう言って、あたしの手を取り、指を絡めて握った。
「ちょ、ちょっと!」
「言っただろ、覚悟しとけって。――隙だらけだぞ、お前」
「は、はあ⁉」
 あたしは、真っ赤になった自覚のある顔を伏せながら、手を思い切り振りほどいた。
「何なのよ、ホント……!」
「好きな女、構いたいだけだ」
「バッ……なっ……!!」

 ――何言ってんのよ、コイツは!!

 口をパクパクさせながら、あたしは早川を見上げた。
 誰かに聞かれたら、どうするのよ!!
 だが、早川は楽しそうに笑う。
「すげぇカオ」
「だっ……誰のせいよ!!」
「俺だろ」
「――……っ……!!」
 そんなやり取りをしている間に、あたしは、自分のアパートにたどり着いてしまった。
 あたしは、アパートの敷地内に入ると、早川を振り返る。
「ありがと。それじゃあ、また明日」
「――ああ、じゃあな」
 思った以上にあっさりと引き下がった早川は、軽く右手を上げると、また来た方向へ戻って行った。

 ――そうか……送ってくれただけなんだ。

 あたしは、早川をほんの少しだけ見送ると、ズシリと重みを感じる買い物バッグを抱え上げた。
 階段を上がって、部屋まで一分少々なのに、腕はかなりのダメージを負ってしまった。
 少しだけ、早川に感謝だ。
 よく考えれば、二リットルのペットボトルやキャベツ、大根もあった。

「よいしょっ……とっ……!」

 思わず出てしまった掛け声に、心の中で苦る。

 ――ああ、もう……若くないって実感しちゃうわ……。

 こうやって、いろんな場面で、だんだんと年齢を意識してしまう。
 でも、それで良い。
 そうして、日々を穏やかに過ごしていきたい。

 ――そんな風に、一人で生きていくんだ。

 どんな事があっても。

 ――……もう、あれ以上、みじめな思いはしたくないんだから。


 夕飯を作りがてら、一週間分のおかずを作り、保存コンテナや冷凍の保存袋に入れる。
 水曜日くらいまでの分は、主に冷蔵庫で保存、以降は冷凍。
 レパートリーなんて、たかが知れているけれど、食べられれば良いのだ。
 別に、自分以外、誰に食べさせる訳でも――。
 そこまで考え、固まった。
 ――……よく考えたら、早川にも、野口くんにも、作ったヤツを食べさせてたわね……。
 どうも、世のおばちゃんが、何でも持って行け、とか、食べていけ、とか言ってるようなものと同じ気がする。

 ――……まあ、二人して、放っておけなかったっていうのもあるけど。

 出来上がった鶏肉のトマト煮を、冷蔵庫に入れると、扉を閉めて一時停止。

 ――……岡くんのオムライスは、美味しかったな……。

 それに、自分が作ってもらう立場になるのは、子供の頃以来で、何だか気恥ずかしかった。

 あたしは、昨日、何かを言いたげにしていた彼を思い出し、冷蔵庫から離れる。

 ほんの少しの罪悪感。
 けれど、それを無理矢理振り切ると、あたしは、今日の分のじゃがいもの煮物と焼き魚をテーブルに並べ、手を合わせた。
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