Runaway Love

20

　アパートからタクシーに乗り込み、実家まで向かう。
　昨日の今日で、悪化するとは思えないが、あの母親ならスキを見て、何かしようとするだろう。
　基本的に、落ち着いていられない性分のようで、昔から一人、バタバタバタバタしていたものだ。
　タクシーを店の前で降りると、真っ暗なままの店を通り過ぎ、奥の家へと向かう。
　すると、外にまで聞こえる話し声。
　しかも、一人二人ではない。

「――母さん？」

　あたしは、恐る恐る、玄関のドアを開ける。やはり、鍵はかかっていない。
　視線を下げれば、見覚えの無い靴が、所狭しと並んでいる。
　笑い声が響く中、リビングに入り――固まった。
「あら、茉奈。来たのかい」
「おお、茉奈ちゃん！久し振りだねぇ！」
「ホラホラ、こっち来て、一緒に呑みましょうよ！」
　陽気な声が響き渡るが、あたしは眉を寄せる。
　見覚えのある、近所の人達が、母さんを中心にお惣菜とビールを広げ、宴会状態だ。
「……母さん……どういう事……？」
　あたしは、ソファで足を上げながら、横になっている母さんを見下ろす。
「それがねぇ、店の貼り紙見た皆さんが、心配してくれて様子を見に来てくれたのよ」
「……は？」
　《《これ》》が――心配してる状況だと？
「茉奈ちゃんも仕事があるし、アタシ達で良ければ、智奈美(ちなみ)さんのお世話に来るわよ？」
　そう言ったのは、裏に住んでいるおばさんだ。
　旦那さんも一緒になって、うなづいている。
「で、でも、ご迷惑でしょうし……」
「何言ってるのよぉ！”すぎや”さんには、いつもお世話になってるんだから、お返しよ」
　そう言うと、他の人達も同じようにうなづく。
「あたし等で、交代で様子を見に来るから、茉奈ちゃんはお仕事頑張りなさいな」
「そうそう！」
　何だか上手い事丸め込まれそうになるが――要は、店が休んでるなら、家(こっち)で飲みたい――そう、聞こえてしまう。
「――いえ、こちらの事情ですので、ご迷惑をおかけする訳にはいきません」
　あたしが、キッパリと返すと、母さんがあたしの服の袖を引っ張った。
「アンタ、何失礼な事言ってるのよ。みなさん、好意で言われてるのに」
「でも」
　粘るあたしを、母さんはにらむ。
「あのねぇ、こういう時は、お互い様って、アタシ等はやってきたのよ。頭の固いアンタには理解できないでしょうけど」
　その言葉は、あたしの中心を抉る。

　――頭が固くて、悪かったわね！

　本人には悪気は無いのだ。奈津美は、完全に母さんに似た。
　いちいち反応すれば、こちらが消耗するだけ。
　心の中で、そう唱えながら、あたしはため息をついた。
「……とにかく、しばらくは、仕事が終わったら様子見に来るから」
　あたしは、そう言うと、リビングを出て部屋に向かおうとする。
「智奈美さん、できた娘さんで良かったねぇ」
「そうかしら」
「そうそう。ああ、茉奈ちゃん、まだ結婚してないよな？ウチの息子なんて、どうだい？」
　そんな会話が耳障りになってきて、あたしは急いで階段を上った。