Runaway Love
 大学を中退した後、三年程、アルバイトを掛け持ちしながら、家計と母さんを助け、奈津美の面倒もみた。
 そして、奈津美が大学合格したその日、母さんに言われたのだ。

 ――アンタも、もう一度、大学行きなさい。

 このまま、どこかで正社員で就職できるところを探すつもりだったのに、拍子抜けして、聞き返すと、母さんは申し訳なさそうに笑った。

 ――そう。笑ったんだ。

 父さんが亡くなってから、表情は、ほぼ無いと一緒だったのに。

 ――奈津美も奨学金があるし、アタシも、もう一度、頑張ろうと思えるようになったからさ。
 ――もう、大丈夫だから。

 そう言われ、あたしはうなづいた。

 その翌年、短大を受験して、無事合格。
 資格も取れるところだったから、一石二鳥とばかりに、今の仕事を選んだのだ。

 そして、入社式の当日――営業先から戻った早川が、派手に資料をぶちまけたところに遭遇したのだ。
 新卒で入った早川は、その時、同い年だけれど既に二年目で、同期ではなくて先輩だった。
 会社内を案内されている途中、一番最後を歩いていたあたしは、その小さくない叫びに振り返り、放っておけずに資料を拾い集めて手渡したのだ。

『――あ、ありがとうございます』

『いえ。お気をつけて』

 それだけの会話。笑顔なんて、一つも無く。

『あの』

 けれど、早川は、そんなあたしを引き留めて言った。

『新入社員の方――ですよね。……これから、一緒に頑張っていきましょうね』

 今では考えられない、その熱のこもった言葉に、あたしは口元を上げ、クスリと笑った。

『――よろしくお願いします』

 軽く頭を下げると、そのまま、新入社員の人の波に紛れ込んだのだ。

 それ以降、コトあるごとに絡んでくるようになったせいで、あんな誤解が生まれたんだろうな。

 あたしは、ささくれ立った気持ちを落ち着けようと、味噌汁を飲み干すと、食事を終え、立ち上がった。
 今日は、さすがに弁当を作るのは無理だったし、外山さんの誤解を解くついでだったから社食を利用したけど。
 ……早川に遭遇するんなら、やめておけば良かった。

 まあ、ひとまず、誤解は解けたのか、昼以降、外山さんが何かを言ってく事はなく、午後からはいつもどおりの日常が戻って来た。
 身体の痛みも、だいぶ引いたので、後は――岡くんが余計なマネをしてこない事を祈るだけだ。

 ――けれど、その願いは、叶わなかった。
 
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