Runaway Love
 ふと、バタバタと足音が聞こえ、部屋を出て様子をうかがうと、お見舞いに来てくれた人達が帰るところだった。
 あたしは、ひとまず、階下(した)に下りる。
「おお、茉奈ちゃん、邪魔したな」
「いえ、わざわざ、ありがとうございました」
「気にしないの。また、明日にでも、見に来るわね。智奈美さん、お大事にね」
「ありがとうね、みなさん」
 母さんは、リビングから顔を出し、頭を下げる。
 あたしも一緒に頭を下げると、みなさん、にこやかに去って行った。
 それを見送り、ひとまず鍵をかける。
 すると、来た時には視界に入らなかったが、廊下の脇に、山のように菓子や果物、酒の箱が並んでいた。
「……母さん、何、コレ……」
 あたしが少々ひきつりながら尋ねると、母さんは、あっさりと答えた。
「ああ、それは、昼間の会社のお客さん達が、お見舞いって言って置いて行ってくれたヤツだよ」
 今さらながら、母親の人徳を目の当たりにし、少し気分は落ちる。
 ……やっぱり、奈津美は母さんに似た。
 ――いや、手本にしたのかもしれない。
「どこかに、片付けておくわよ」
「いいわよ、どうせ、明日には手を付けるだろうから」
「は?」
「また、お見舞いに来るんなら、みなさんに持って行ってもらうからさ」
「――……なら、このままにしておくわよ」
 あたしは、チラリと見舞い品の山を見下ろし、そう言った。
「アンタも、何か持って行きなさいよ」
「――いいわよ、いらない」
「まったく、可愛げの無い」
「うるさいわね。――とりあえず、洗い物片付けておくから。お風呂行けるの?」
 ボヤく母親をにらみつけながら、あたしはキッチンに入る。
 どうやら、食べるだけは食べたようで、食器が重なっていた。
「行くわよ、行くわよ。ようやく、歩くコツつかんできたからさ」
「悪化させないでよね」
 母さんは、自分の部屋に行き、ガタガタと物音をさせる。
 あたしは、そのまま洗い物を済ませ、時計を見やった。
 時刻は、もう、十時半。
 お風呂場から、水音がするので、母さんがお風呂から上がったら帰ろう。
 そう言えば、家に帰ってすぐ、こっちに来たから、何も食べてなかった。
 けれど、大して減っている感じもしないので、朝ごはんをしっかり食べればいいと思い直す。
 それから十五分程で、母さんは、よたよたしながら、お風呂場から出てきた。
「ちょっと、大丈夫なの」
「大丈夫よ。普段しないような体勢だったから、疲れただけよ」
「――なら良いけど……じゃあ、あたし、帰るわ」
「そう。まあ、仕事が遅くなるようなら、無理に来なくてもいいわよ」
 そう言われ、あたしはうなづく。
 平日で、この生活が続くのは、さすがにキツい。
 かといって、奈津美に押しつける訳にもいかない。
 何より、新婚の今は、照行くんを優先しなければ。
 あたしは、いつものタクシー会社を呼び、アパートに着いたのは、十一時を過ぎたところだった。
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