Runaway Love
 ほぼ定時に終了し、残業予定の大野さんを残して三人で部屋を出る。
 申し訳ないとは思うが、あたし達の手に余るのだから、仕方ない。
「……大野代理、倒れなきゃ良いですけど……」
 エレベーターを待っている間、外山さんが、心配そうに部屋方向を振り返って言った。
「そうね。まあ、そうならないように、まずは、あたし達も自分の仕事をキチンとこなして負担かけないようにしなきゃね」
「そうですよね!」
 両手で拳を握り、外山さんは大きくうなづく。
 それに苦笑いしながら、うなづき返すと、エレベーターの到着音が響いた。
 扉が徐々に開くと同時に、視線を感じる。
 上の階は、社長、専務がそれぞれ一つずつ階を持っている他は、総務部だけだ。
 見た事のある女性社員達が、チラリと、乗り込んだあたし達に視線を向ける。

「あれ、野口さん、乗らないんですか?」

 総務の誰かが、エレベーターの中から、そう声をかける。
 あたしは、野口くんに視線を向けると、困ったように微笑まれた。
「――すみません。その中に入る勇気はありません」
「ええー!構いませんよぉ!」
 だが、その声も閉まっていく扉に遮られた。
 ――まあ、しょうがないか。
 見回せば、完全に女性社員しかいない。
 ここに大野さんがいれば、違ったんだろうけど。

「あーあ。目の保養だったのに」

 不意に聞こえた誰かの言葉が、あたしの中に引っかかりを作る。

 ――野口くんは、ずっと、こんな風に言われていたのか。

 無意識に、バッグを持つ手に力が入ったが、

「ヤダ、あんた、彼女さんがいるでしょ。すみません、この子、礼儀知らずで」

 そう、フォローが入り、力を抜いた。
 どうやら、みんながみんな、そういうスタンスでは無いらしい。

「あ……いえ、大丈夫ですから」
 あたしが、少し遅れて返事をすると、ここぞとばかりに突撃された。
「でも、ちょうど良かった!あの、杉崎主任、なれそめとか聞いても良いですか⁉」
 そう聞いてきたのは、礼儀知らず、と、言われた彼女。
 ――うん、確かに。
 心の中でうなづいてしまうが、もう、これくらいストレートな方が一周回って気持ち良い。
「あ、あたしも聞きたい!」
「え」
 そして、乗っかってきた女性陣に囲まれ、エレベーターが到着する頃には、ロッカールームにて、急きょインタビュータイムの約束がされてしまっていたのだった。

 第一ロッカールームの隅。そこに、女性社員が五、六人固まっていると、さすがに圧迫感がすごい。
 そんなに狭くはないはずなのに。

「じゃあ、野口さんから、告白してきたんですね⁉」

「え……ええ」

「杉崎主任、すぐにOKしたんですか?!」

「ま、まあ……そう、ね」

 グイグイと質問を続けられ、たじろぎながらも答える。
 中には、外山さんも、ちゃっかり混ざっていた。
 どうやら、同期のコが混じっているようだ。
「ねえ、外山ちゃん、二人の気持ち気づいてた?」
「ううん!この前、付き合うって言われて、びっくりして叫んじゃったもん、あたし」
「――ご、ごめんなさい、外山さん」
 すると、外山さんは勢いよく首を振る。
「気にしないでくださいよ!言ったじゃないですか、あたし、経理部の人達、大好きなんで、って」
 あたしは、ストレートなその言葉に、微笑み返す。
「ありがと」
「いいなぁ、外山ちゃん」
 すると、総務部の女性陣がそう言って、お互いにうなづき合う。
「ウチ、大所帯だから、いろいろ面倒なのよねー」
 一人がそう言った途端、あせったように、全員で、内緒と言わんばかりに口をふさぐ。
 どうやら、このコが問題児のようだ。
「い、言わないでくださいね!あたし達が、そう言ってたって」
 コソコソ声で、そう懇願され、あたしは苦笑いする。
「言わないわよ。……大変そうね」
「……そうなんですよー」
 彼女達は、お互いにうなづき合う。
「ウチ、早川主任がお気に入りの先輩が多くて……その……杉崎主任の事、良く言われなくて……」
 申し訳なさそうに言われ、あたしは首を振る。
「気にしなくていいわよ。――慣れてるから」
「あの……結局、ウワサって……」
 申し訳ないついでに聞かれ、一瞬固まる。
 けれど、大きく息を吐き、顔を上げた。

「デマよ。――一人は、あたしの義弟(おとうと)の親友。たまたま、早川と鉢合わせて、ちょっと誤解があっただけ。ちゃんと、社長にも説明済みよ」

 これで、少しは誤解が解ければ良い。
 その為には、堂々としていなきゃ。

「そ、そうですよね!……お話してみたら、杉崎主任、思ってた程怖くなくて」
「ちょっと、アンタ、ホント失礼!」
 あたしは、そのやり取りに苦笑いだ。
 まあ、そう思われるのも仕方ない。
 経理ってだけで、イメージはお固く怖いものになってしまうようだから。
「――まあ、そういう訳で、そろそろ良いかしら?あたし、実家の母が、足、捻挫して、様子見に行かなきゃいけないの」
「え⁉す、すみません!!」
「気にしないで。……そんなに重傷って訳じゃないから。ただの家事手伝いよ」
 あたしは、そう言って、彼女達に別れを告げると、ロッカールームを出て帰路についた。

 ――こうやって、少しずつ、元に戻していけばいい。

 ――……野口くんを、早く解放してあげるためにも、あたし自身が、ちゃんと説明しなくちゃいけないんだから。
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