寄り道
それからはバンドについて熱く語る斉木さんを見たり
おすすめの曲のPVを見たり
とても楽しかった。
「んーで。藤波さん。何かあったでしょ。」
そんなこともすっかり忘れていた。
現実に引き戻される。
「んー。」
私は少し躊躇ったが話すことにした。
今日は結婚記念日だということ。
夫には女がいること。
でも娘が高校卒業するまでは私の収入に自信がないから
いい母であり続けなければいけないこと。
全部を話した。
「俺が離婚した理由。噂通りなんだ。」
「そんな人じゃないでしょ。」
「体じゃない。心の方。
元奥さんは少し気が強くて。素直じゃないだけだったんだろうけど。喧嘩になる度に
もう離婚。あんたなんかいらないって言われ続けてね。どんなに尽くしてもその言葉が無くなることはなかった。元奥さんも仕事が忙しくてストレスもあったんだろうね。」
ゆっくりと話す斉木さんの横顔がとても綺麗で切なさを覚える。
「毎日家事をして元奥さんが帰ってくるのを待ってた。でもただいまも言わずにご飯も食べずに風呂入って寝る元奥さんに何を言ってあげたらいいか分からなくてね。
そんな時に仕事中耐えきれなくなって会社の裏のベンチで泣いてて。
そしたら誰も来るはずないのに女の子がコーヒー片手に来てね。
泣いてる俺に何も言わずにコーヒー渡して戻ってった。くれたコーヒーを飲んだ時すごく幸せな気持ちになれたんだ。」
頭をバットで強く殴られた感じだ。
覚えているとは思わなかった。
「その時の女の子も泣きそうな顔をしていて。なぜかすごく綺麗だったんだ。泣きそうな顔なのに。笑」
ちょうど夫が私を妻としてではなく母として見始めた頃だった。
仕事も思う様に進まないときは会社裏のベンチに座って甘いコーヒーをよく飲んでいた。
誰にも邪魔されないお気に入りの場所だった。
「それからは社内で出会う度に目で追ってた。気づいた時にはもう惹かれてた。その子と一緒になりたくて離婚した訳じゃない。ただ俺の気持ちがもうダメだった。その子に惹かれていると分かってしまってからは元奥さんのことを受け入れて許すことが出来なくなった。もう好きじゃない。もう愛してないと伝えた。
元奥さんの中では浮気に思えたんだろうね。
間違ってないと思うし。
変な噂もたつよね。」
「モテますからね斉木さん。」
「そうそう。笑」