ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる

1・帰国



 “日本には四季というものがあって、春になると桜が咲くの”

 日本人の母は私が誕生日を迎える頃になると決まって、そう言っていた。

 二十六回目の誕生日を控えた朝、私は訪日する。ある医師に会う為、はるばるニューヨークからやってきたんだ。

「空港にはファンやマスコミが大勢押し掛けている様ね。交渉してみたけど一般搭乗口を利用してと言われてしまったわ」

 エミリーはリップを塗りながら形の良い眉を上げる。彼女はマネージャーでアメリカ人。飛行機やホテルの手配からメディア対応まで身の回りの世話を任せていて、元々は俳優だったらしい。

「一般人なんだから当たり前だよ」

 着陸態勢に入った機内から近付く町並みを見下ろし、頬杖つく。

「何を言ってるの? あなたは世界的アーティスト、日本での人気だって高いんだから! 写真集の企画は日本からだったでしょ!」

「ヴァイオリニストの写真集なんて何処に需要があったんだか。熱しやすく冷めやすい、いかにもミーハーな日本人っぽい」

 日本の週刊誌では私の帰国を熱愛? 妊娠か? かと報じる。突然コンサートを中止し活動休止を発表した為、面白おかしく曲解されてしまう。

「あら、桜にもその日本人の血が流れてるじゃない?」

「そうなんだけど……」

「久しぶりに会うママに緊張してる? 迎えの車を用意してあるって。ねぇ、桜のママはハリウッド映画に出演したのよね? お会いするのが楽しみ! ファンだったの!」

「はぁ、私はどんなお小言を言われるか、想像するだけで気が滅入る。ドクターを紹介してくれると言うから仕方なく会うだけよ」
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