ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「それは順番って言ったよな? 順番を守れない子供は幼稚園からやり直せ!」

「私、幼稚園ではなくデイケアに通ってました! 幼稚園は通ってませんけど?」

 ーーあぁ、そうか。この人に忖度は通じないんだ。

 言葉を至近距離でぶつけ合い、やっと気付ける。どうりでエミリーの戦術に靡かない訳だ。

「はは、はぁ」

 乾いた笑いと諦めが交じる。そういえば言い争いなんて久し振りにした。大きな声を出せ、少しスッキリもしていて。

「どうした? 腕が痛むのか?」

「……お医者様なら分かりません? あなたとのやりとりで疲弊したんです!」

「そりゃあ悪い。俺が本物の医者なのか疑念を払拭してやる、病院へ行って確かめようぜ」

「なんでそうなるのよ」

「いいか? しつこいが検査はしないからな」

「まだ私は病院に行くと言ってない! 勝手に話を進めないで」

 完全に真田氏のペースに飲み込まれている。

 再び会話の主導権を獲得する為、言動を振り返れば、暴力はいけないものの彼の頬を打った女性の苛立ちが分からないでもない。

「よし、脈を図るぞ。手首を貸してくれ」

「急に医者みたいな物言いはやめて」

「悪いが医者なんだよ、ほら」

 いやいや袖を捲る。慎重に添えられた指先が心拍数をカウントし、ドクン、ドクン、ドクン、やけに鼓動を跳ねて感じた。

「持病はあるか? 服用している薬はある?」

「両方、無いです」

「ヴァイオリニストの手ってこんなに華奢なのか? 身長と体重は?」

「164センチ、48キロくらいです」

「痩せ過ぎ、肉を食え。それと空きっ腹にカフェインは控えろ」

 食生活へ雑なアドバイスがなされ、測定は終わる。そしてコーヒーを取り上げ飲み干してしまう。

「麦茶を買ってやるから、そんな怖い顔するなって」

 豪快な飲みっぷりに呆気に取られた私へウィンクした。
< 14 / 94 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop