ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる


 麦茶を片手にベリガ大学病院へやって来る。

 正面エントランスから入り、吹き抜けの構造を見上げた。病院という閉ざされた重い空気が滞留しないよう太陽光が降り注ぎ、オフホワイトを基調とした世界観は奥行きを演出する。一見、オシャレなホテル。

「院内でサングラスを着用してると目立ちますよね?」

「こんな所で外されたら騒ぎになる、やめてくれ。あなたみたいな患者にはマスコミ対策をきっちりと施した専用出入り口がある。今は患者として来院してないから使えないがな」

「患者でないなら、私は何者なの?」

「うーん、麦茶を飲みに来た通りがかりのヴァイオリニストかな。おかわりが必要なら言ってくれ、院内の買い物はこれで決済できる」

 真田氏は笑い、胸ポケットからネックストラップを取り出す。ちょうどコンビニの前を通り掛かったので立ち寄る。

 院内にはコンビニをはじめ、レストラン、コインランドリー、ジムまで完備されており、長期入院を余儀なくされた患者やその家族の利便性を支えていた。

 雑誌コーナーで私の姿を見付け、記事に目を通してみる。活動休止と母が再婚を機に家庭へ入ったことを結びつけ、このまま引退が濃厚であると報じていた。

 ゴシップにいちいち腹を立てても仕方がないか。諦めて閉じようとすると、視線を感じる。辺りを見回してみるが誰もいない。

 帽子を目深に被り直し、飲み物を選ぶ真田氏の隣へ並ぶ。

「患者のプライバシーは本当に守ってくれるんですよね?」

「あぁ、それはもちろん。何かあったのか?」

「……誰かに見られているような」

 そう言い掛けた時、真田氏の肩を叩く人物が現れた。
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