ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「よぉ、慎太郎! お前、非番じゃなかった? 呼び出しか?」

「あぁ、高橋か。驚かすなよ」

 高橋と呼ばれる男性は白衣を着ている。

「いやだって熱心に麦茶を選んでるからさーーって、彼女は誰?」

 私へ注意を向け、不審がった。そのリアクションも致し方ない。日本人の感覚だと変装になっていないらしいので。

「えー、あー、そうだな、彼女は」

 言い淀む真田氏に代わり、答える。

「“麦茶を飲みに来た通りがかりのヴァイオリニストです”」

 日本語でなく英語で伝えた。わざと聞き取りにくい発音にした為、同僚の医者は訳が分からないまま握手を求めてくる。それはすかさず真田氏が防いだ。

「彼女、今度うちに入院するかもしれなくて。その下見だよ、下見」

「慎太郎が案内するのか? ていうことは彼女、VIP? 確かに日本人離れしているもんな。モデル? 俳優?」

「おい、患者のプライベートを詮索するな。その時が来たら分かるさ」

「あ、あぁ、そうだな。ところでこの間、手術したーー」

 世間話の延長で仕事の話題になっていく。真田氏は休暇中にも関わらず、相談に応じる様子。
 私は彼等から離れ、先程の違和感を探す事にした。あれは気の所為じゃない、絶対誰かに見られていた。

 まず院内の案内板を確認してみる。今いる本館の他に東館があり、両館とも地下一階から六階までの造り。確かホームページに四百以上の病床を持つと記載され、働くスタッフは千人を超えるそう。
 パパラッチが患者を装い潜入したとしても取材は非常にしずらいはず。とにかく広いので対象をピンポイントで追いづらい。

 一階フロアを歩き回っていると、意外なものに遭遇した。

「ピアノ?」

 それもグランドピアノ。私の足はいちにもなく吸い寄せられる。
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