ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる

慎太郎Side 検査結果



 伊集院桜の緊急入院はベリカ大学病院にとってチャンスといえる。

 人の病や怪我を好機にするのは道徳的に宜しくないが、病院も慈善事業じゃない。
 クラシック界を牽引する彼女の再生に一役かったとなればその影響は如何ほどか、経営陣の算盤が歌うように弾かれ、検査から手術までの日程が最優先で組まれた。

「医院長、ニッコニコだったね。さっき伊集院夫妻を部屋に通したみたいだけど、スキップしやしないか周りは心配してたよ。はい、血液検査の結果。お前が執刀するんだろ? 慎太郎」

 高橋から書類を受け取り、かぶりを振る。

「まだ切るとは決めてない」

「いうても腱鞘炎だろ? 本人も手術に前向きだって話じゃないか? クールなミューズ様もアラサー、日常生活に支障が出ない程度に回復させてタレントやコメンテーターあたりへ転身する択もある。日本のクラシック市場は海外に比べて規模は小さいからな」

「ほぅ、クラシックに造詣が深いんだな」

「はは、実は受け売り。彼女が一階フロアで弾いてる動画が拡散され、ワイドショーが食い付いたって訳さ」

 高橋がテレビを指差す。
 一心不乱に鍵盤を奏でるサングラス姿からは迫力が滲み、叫びに似た旋律が生み出されている。

『これは明らかに手首を庇って演奏をしています。間違いなく腱鞘炎を患っているでしょうね』

 自称音楽家が彼女の演奏を評し、こう続けた。

『プロの世界では腱鞘炎になるのは恥とされていましてね、伊集院さんは公表しづらかったのかもしれません』
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