ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 私と母の折り合いは非常に悪い。というより、私が一方的に避けていた。

 直近の演奏を聴き異変に気付いたくらいなので、母はこちらの様子を見守っていたのだろう。

 義父の交友関係からベリカ大学病院へ繫げ、真田医師に診て貰えるよう早急に段取りをつける。

 到着のアナウンスが流れ、サングラス、帽子、マスクで素顔を隠す。

 ともあれ、故郷と呼ぶには良い思い出が少ない場所に帰ってきた。




 伊集院は屋敷をベリが丘タウンのノースエリアに構える。私とエミリーは空港で予想通りパパラッチの洗礼を受けた後、逃げ込むよう居住エリアの門を潜った。

 富裕層が多く住むノースエリアでの取材は禁止という暗黙のルールが存在し、それを破った記者がどうなるかは想像に難くないだろう。

 車から降りた私を狙うレンズの気配は感じても、シャッターが切られる様子はない。

「お帰りなさいませ、お嬢様。旦那様と奥様が首を長くしてお待ちですよ」

 到着早々、両親の元へ案内される。

「エミリーは買い物でもしてきたら?」

「えぇ、そうさせて貰うわ。サウスエリアにあるショッピングモール、チェックしていたの」

 エミリーは機内でベリが丘の地図をインプットし、めぼしい施設情報を把握済。

「ついでに滞在ホテルとツインタワーも下見してきていい?」

「どうぞ。私は話が終れば病院に行くし、せっかくだから観光してきて」

 ビジネスパートナーである彼女に病院への同行を求めない。軽く手を振り見送った際、手首に激痛が走った。

「お嬢様? どうかされましたか?」

 家人に気取られまいと首を振る。

「何でもないです。行きましょう」

 良く晴れた日。たぶん、母の事なのでテラスに出てお茶を飲んでいそう。

 重い足取りで庭へ向かった。
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