ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 真田氏の指が前髪を割り、額を露出させる。上手く言葉に出来ないが彼は救えなかった命に対して、そう言っているのだと感じた。

 もしかして真田氏は優しい人なのかも知れない。そして淋しくて、悲しい匂いがする。
 すん、鼻を鳴らしたら布団を掛け直してくれた。

「お休み」

 呪文みたいな唱えに応じ、私は目を閉じる。



 翌朝、病室に医院長とその取り巻きが回診にやってくる。

「おはようございます、伊集院さん。お加減は如何ですか? 今日はこれから検査を行いますがご無理はなさらないよう。分からなかったり、不安な旨は遠慮なく真田へお申し付け下さいね」

「分からない事……医院長回診とやらの必要ですかね。朝からこんなに沢山のスタッフを引き連れて見舞われても、圧迫感があります。息苦しい」

 露骨に下手に出る態度が気に入らない。無言を貫こうと思ったものの、腹の虫の居所が良くなかった。
 あれだけ寝たというのに疲れが全く取れないばかりか、頭がボーッとする。

 取り巻きの中に真田氏の姿はない。

「……おや、朝食はお気に召しませんでしたか?」

 医院長はグッと飲み込み、手付かずの朝食へ話題を変えた。

「朝はコーヒーだけでいいの。頂けません?」

 医院長でなく、奥に立つ看護師へ投げ掛ける。彼女は突然振られて慌てふためき、ファイルを落とす。
 バサバサと散らかる様子が苛立ちを煽り、かぶりを振った。

「え、えっ、えっとすいません! 真田先生からカフェインの摂取を控えるよう指示がありまして。ルイボスティーをすぐご用意しましょう」

「……私、コーヒーがいいってお願いしたんですが? 聞こえませんでした?」

「お、おい! ノンカフェインのコーヒーをすぐお持ちしろ。アメリカから戻られたばかりですし、そりゃあ時差ボケがありますよねぇ? 気が利かなくて申し訳ない」

「時差ボケ?」

 あぁ、その可能性もあるか。凝り固まった首筋を解しつつ、室内を見回す。
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