ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 最上階にあるVIP専用のスペースはキッチンや浴室まであり、ホテルと変わらない。私一人じゃ持て余す豪華仕様だ。

「コーヒーです、どうぞ」

 先程の看護師が恐る恐るカップを置く。

「ごめんなさい、八つ当たりをしてしまって」

「え? そんな……あ、あの息子が伊集院さんの大ファンです! 今回の事はとても大変で苦しいと思いますが、私達も全力でサポートします。頑張りましょう! また素晴らしい演奏を聴かせて下さい」

「ーーありがとう」

 謝罪すると、逆に励まされる。前向きな瞳を向けられて文字通り、お茶を濁す。

「はーい、桜! グッドモーニング」

 そこへエミリーがタイミングよくやってきた。

「あなたの事だから朝食食べていないと思って。はい、カフェオレを買ってきたわよーーあら、何かしらこの空気感」

 カフェオレの入った紙袋を翳し、微妙な雰囲気に傾げる。そして医院長の姿を認識すると眉を吊り上げた。

「医院長、ハッシュタグの件はどうなりました? 今朝のSNSでも“片翼のミューズ”がトレンド入りしてましたが?」

「ま、まだ調査中でして。しかし、我が病院の関係者がそのようなタグを仮に作成したとしても伊集院さんを応援したい気持ちからであり、決して貶めるつもりはないかと」

「へぇ、随分と庇われるんですねぇ? タグ作成者の真意などどうでもいい。問題にしているのはネットリテラシーです。病院の公式アカウントで桜の動画を引用するなんて有り得ない!」

 エミリーも朝食はまだなのだろう。強い言葉で非難する傍ら、クロワッサンを温める。

「はぁ、このまま桜をお任せしてもいいのか。正直悩みますが、検査はお願いしますね? 早急に」

「それは勿論! さっそく準備をしましょう。真田先生を早く呼びなさい」

「俺ならここに居ますよ。失礼、道を開けて貰っても?」
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