ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 白衣と白衣の間を縫い、真田氏が登場。

「真田! 何処に行っていた? 今日は医院長回診だぞ?」

「昨日は非番だったんですが遅くまで調べ物をしてまして。寝坊しました、すいません」

 寝坊というワードに同僚等がざわつく。真田氏は意に介さず、医院長を通り過ぎて私の側に立つ。

「おはよう。聞こえたと思うが寝坊をしてしまってな、朝飯を食ってないんだ。カフェオレをくれないか?」

「ついでに私の朝食もあげる。残すのは勿体ないから」

 カフェオレをトレイに乗せ、真田氏へ押し出す。横流しにされたメニューは私を恨めしげに冷めている。

「健康な奴が食いにくるくらい、うちの病院食は美味いって評判なんだぞ。よし、俺があーんしてやるから食え」

「は?」

「は? じゃない、あーんだ。食わせてやるって言ってる」

「い、いや、そうじゃなくて!」

「あぁ! 皆の前だと恥ずかしいよな? ほら散った、散った、解散しろ」

 真田氏は手首を返し、医院長等を追い出してしまった。

「ドクターってば無茶苦茶ね」

 エミリーがクスクス笑う。

「そちらこそ病院を相手取って高額訴訟をするとか、しないとか? 騒ぎを大きくしたいのは一体どちらやら」

「アメリカじゃ裁判は当たり前の権利よ。私の大事な商品のイメージを損ねられたんだから。あ、クロワッサン焼けたわ!」

「彼女は商品じゃない、ヴァイオリニストだろ。マネージャーならば彼女に寄り添った選択をするべきだ」

 オープンからクロワッサンを素手で取り出し、指先をチュパッと舐めるエミリー。

「私の仕事は桜に弾ける場所を用意する、それ以上でもそれ以下でもないの。演奏の機会に繋がるならば写真集も出すし、スキャンダルだって活用する。こっちも遊びでヴァイオリン弾いてないからさ」
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