ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 真田氏とエミリーの間に見えない火花が散る。居たたまれない私は箸を握った。

「……美味しい」

 久し振りに食べた日本食は優しい味がした。



 検査は手首だけじゃなく全身を対象に行われる。貧血で倒れた事で処置が前倒しになったのはいいが、そのぶん工程は増す。視力や聴力までチェックされ、もはや健康診断だ。

「この際、規則正しい生活へシフトチェンジするのがいい。三十を超えると体調の不具合が出てくるものだ」とは真田氏の言葉。実体験に基づく発言だろうか。

「ん? 何だよ、人の顔をじっと見て」

「医者がお医者様って呼ばれる理由が少しだけ分かった。とっても忙しいのね」

 真田氏は私だけに構っていられない。担当患者から呼び出されたら駆け付け、看護師等と治療方針を擦り合わせたり、とにかく休まる間がなさそう。

「そう思うなら先生を困らせず、お利口さんで居てくれると助かるんだがな。ほら、テーピング巻き直してやる。そういや、あのマネージャーは何処へ行った?」

 素直に手首を差し出す。痒みが出て赤くなっているに気付き、取り替えてくれるらしい。

「ショッピング。彼女が好きなブランド、日本限定モデルがあるの。別に検査に付き添って貰っても状態が良くなるものじゃないし」

「見るから買い物好きそうだもんな。あのサングラスとかはマネージャーの趣味?」

「そう。エミリーは元俳優なの」

「元俳優が医者とコネクションがあるのか? アクション俳優だったとか?」

「アクション俳優? どうして?」

「これまで何名かの医者に手術を拒否されてたんだろ? 医者のピックアップはマネージャーがしたんじゃないのか?」

「……そうね、そうだった」
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