ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 その時、真田氏の電話が鳴った。私を気にかけつつ腰を浮かす。

「あぁ、すぐ行く」

 巻きかけの部位を申し訳無さそうに撫でて、出て行った。

 診察室に一人残されると悪戯心が芽生え、家捜ししたくなる。出したままのカルテや万年筆を机上で見付け、手に取ってみた。それからカレンダーに印がつけてあるのに気付く。偶然にもその日は私の誕生日だ。

 去年の誕生日は船上パーティーを開き、エスポンサー等を招いたっけ。私は現在数社とスポンサー契約を結び、それらは化粧品、アパレル関係などエミリーと縁がある企業。

 真田氏に医者と繋がりはあるか問われ、これまで特に疑問に思っていなかったが、言われてみると気になる。
 さっそく彼女に聞いてみよう。

「院内で個人用の携帯電話使用は遠慮して下さい」

 振り向くと、真田氏ではない医師が立っていた。

「あっ、驚かせちゃいましたか? すいません。僕、高橋と申します。売店で会いましたよね?」

「……えぇ」

「そんな警戒しないで。真田に用事があって来たんです」

「ドクターなら電話があって出て行きました」

「そっか、それじゃあ中で待たせて貰おうかな。で、君は今何してたの?」

 カルテと万年筆を握った姿を笑われる。申し開きが通用しない現行犯であり、大人しく観念した。

「早く検査結果が知りたくて。自分の状態も把握しておきたい」

「そうか、そうか、逸る気持ちは分かります。居ても立っても居られないですよねぇ」

 高橋という医師は軽く同調して、ドクターの椅子へ腰掛けた。私にも恭しく着席を促す。

「その万年筆ね、アメリカへ行った医師が真田に贈った物なんです。いうなればバトンですかね」

「バトン?」

「次の出世はお前だぞ的な。当時、真田は将来を嘱望された外科医でしたから。今朝の態度をご覧になりましたよね? あれでは今より高いポジションは与えられない。医者も政治なんです」
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