ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「名前を呼ばれて照れるなんて、可愛い所があるんですね」

「こら、大人をからかうんじゃない!」

「慎太郎は幾つなの?」

「今年で三十四だ。桜ぐらいの年代からすればオジサンか?」

「んー、どうだろう? 他人に興味ない」

 姿勢を崩し、横たわる。慎太郎の車に乗るのは二回目たが運転安全で、ハンドル捌きも穏やか。

「恋人が欲しいとか、結婚願望は無い?」

「無い、全く無い。私、ヴァイオリンが弾ければ他は何も要らないの。私にはヴァイオリンしかないから」

 慎太郎も母や高橋みたく、ヴァイオリン以外の道があると思うのだろうか? 目を閉じ、反応を探る。

 チ、チ、チ、ウィンカーが返事までの間を刻む。そしてーー。

「そこまで想われるヴァイオリンは幸せだな」

 私は耳がいい、慎太郎は嘘をついた。それを責めはしないものの残念に思う。

「ねぇ、何か音楽を流してくれない?」

「ラジオで良いか?」

「えぇ」

 車内にベリが丘のタウン情報が報じられる。欅坂の桜が蕾を膨らませ、私の誕生日あたりに開花するかもしれないそう。

「桜、見てみたいなぁ」

「え、今まで見たことないのか?」

「映像ではあるけど。自分と同じ名前の花だし気になってる」

 桜が咲く頃、父が亡くなった。私の名をした花を三人で見に行こうと約束していた為、春を避けてきた。今年もそう言いつつ、見ないだろう。
 実家から欅坂は近い。母はどんな気持ちで毎年、桜を眺めているのか?

 “日本には四季というものがあって、春になると桜が咲くの”

 記憶の中の母の声がした。
< 39 / 94 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop