ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる


 流行りのショップとレストランが集まった施設は平日でもそれなりの集客がある。制服姿も見受けられ、お揃いの装いを目で追う。

「制服っていいね。私、アメリカの学校へ通っていたから新鮮」

「音楽学校? アメリカでは一人暮らしを?」

「そう、音楽学校。母が伊集院さんと再婚して日本で暮らす事になっても、私は行かなかった。父の親戚の家から学校に通ったの」

「なるほど、それで桜を見たことがないのか」

「そういう事。まぁ、毎年この時期はベリが丘に来ているには来ていたんだけど……」

「仕事で?」

「いえ、パーティー。客船を貸し切って演奏会をしていた」

 何か目的がある訳でもなく、ふらりと店内に入り品物を眺める。慎太郎が言った通り、私に気付く人は居なかった。それぞれ買い物を楽しんでいて、私など眼中に入らない。

「豪華客船で演奏会、か。絵に描いたセレブだ」

「そうかしら? 慎太郎こそ普段はショッピングモールで買い物をしないんじゃない?」

 彼はフロアガイド冊子を熟読し、フードコートエリアが気になる様子。少なくとも通い慣れている感じはしない。

「なぁ、これを見てみろよ。俺はハンバーガーとクレープ、それとラーメンが食べたい」

 冊子を広げ、万年筆で印をつけていく。

「とても医者が推奨するメニューに思えないのだけど?」

「たこ焼きも追加しよう。桜、こっちだ!」

 フードコートは三階にあり、エスカレーターで向かう。慎太郎は先に私を乗せると背後に立つ。

「上りのエスカレーターは女性が先、下りは後。レディーファーストの基本」

「そういうのを披露しちゃうのが野暮ったい」

「得た知識はすぐ活用したい質でして」

「あっそ、付け焼き刃ってやつね」

「あはは、刃物の扱いならば俺にお任せあれ」

 竦めた襟足をサラッと撫でてきた。
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