ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 慎太郎はベンチから飛び上がり、楽器を探す。

 一方、私はギターを通り過ぎて少女へ声を掛けた。

「とても素敵な音色ね、草笛?」

「うん、お父さんに教えてもらったの。お姉ちゃんも吹いてみる?」

「ええ、一枚分けてくれるかしら?」

「いいよ。はい、どうぞ」

 葉を受け取り、父親の下へ駆け出す背中を見送る。家族で遊びに来ていたらしく、両親が会釈をしてきた。

 彼女を真ん中にして手を繋ぎ、仲睦まじい家族だ。

「驚かすなよ、草笛か。てっきり今度はギターを掻き鳴らすんじゃないかと焦った」

「慎太郎が許可を出せば、ギターもいいわね」

「出すはずないだろ、桜の一番の薬は安静だ。良く食って、よく寝ろ。あんな不健康なチャルダッシュは聞きたくない」

 海沿いのフェンスに寄り掛かり、並んて海を眺める。

「チャルダッシューー曲目を知ってるんだ?」

「あ? あぁ、まぁ、コマーシャルで採用されているしな。誰だって一度は耳にする名曲だ。桜も好きなのか?」

「どうせ不健康な音しか出せないけどね、好きよ。父がよく弾いていたの。伊集院ではない本当の父よ」

 不健康とは言い得て妙、その通りだった。自分で弾いていて感じる。蝕まれた演奏だと。

「父は演奏は楽しいもの、音楽を愛しなさいと教えてくれたのに、ここ最近思うように弾けていなくて。ヴァイオリニストとして活動の場が増えれば増えた分、教えを守れているか分からなくなる」

 迷いを打ち消す為、必死に練習する。譜面を暗記し、伝わりやすい曲の解釈をテクニックへ落とし込む。
 とにかく練習あるのみ。その結果、腕を痛めてしまったんだ。
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