ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 他人の機微に疎い私であっても、その瞳に宿された熱の存在を無視できない。苦し紛れに葉を唇へ推し当て、吹こうとする。しかし満足な音が出せず。

 動揺を隠せないまま慎太郎を見詰め返した。

「俺は酔狂で桜との見合い話を受けたりしていないぞ。事実が明るみに出た今、俺と婚約してもカモフラージュになりもしなければ、そもそもあなたに結婚願望がない。であれば、お互いのバックボーンを抜きに一人の男と女として付き合わないか?」

「い、いやでも、あなたは医者で……私は患者だし、ヴァイオリニストよ」

「確かに現時点ではそうだ。俺はその先の関係性を求めてる。それは桜には酷かい? やはり医師である俺しか必要ないか?」

「手術する前からこんな事を言われても困る」

「手術が成功したから付き合いたいと言い始めたと思われたくねぇし、不測の事態が起こったから責任を取るんだとも思われたくもない」

 慎太郎はヴァイオリンが弾ける私でも、弾けない私であろうと構わないと言っている。私は伊集院桜ーーいや、ただの桜で良いんだって。
 弾けなくなればタレントやモデルへの転身、実家との和解を提案され続けた中、シンプルに側に居ると言われたのは初めてだ。

「……」

 言葉にならない。ひたすら心が震えている。

「不測の事態と言ったが安心しろ。俺がまた弾けるようにしてやる。完全な元通りとはいかなくとも、ヴァイオリンを持てるはず」

「それはあなたと付き合わなくても?」

「おい、縁起でもない事を言うなよ」

「だって……良くわからないの」

 胸に手を当てた。ドキドキして苦しい、苦しいのに不快とは少し違う。
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