ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる


「で、そのまま帰ってきたんだ?」

 伊集院の屋敷での顛末をエミリーに説明すると、彼女は暫く呆然としそれから笑った。

「いやいや、お見合いだったんでしょ? なんでそんなに殺伐とするのよ。普通、本日はお日柄も良く〜とかならない?」

「あなた、お見合いに詳しいのね。形だけでいいから婚約しようなんて、愛の無い結婚をしましょうと言ってるのと同じ。しかも、両親の前で持ち掛けたから突っぱねてやった」

「けど、手術が可能と診断されれば真田氏の提案を受け入れるんじゃない? その形だけの婚約とやらを」

「それはそう」

「はぁ、桜ってヴァイオリンの為なら何でもするのね。マネジャーとして心強い一方、女性としては危なっかしいわ」

「どういう意味?」

「そんなキレイな顔をして人の好意を無碍にしてばかりいると、いつか痛い目に遭うかもって意味」

 尋ねるとエミリーはドレッサーの前から移動する。お風呂上がりでほんのり色付く私が鏡に映った。

「今日久し振りに母に会って、当たり前かも知れないけれど似てるなと思って。若い頃の母とそっくりと言われる意味がよく分かった」

「桜のママには老若男女を惹きつける魅力がある。吸い込まれそうに透き通った瞳が最高にクールだったわ。それから高飛車で媚びない性格も!」

 窓際に立ち、ガラス越しのツインタワーを指でなぞるエミリー。

 ハイクラスな客室から覗く夜景は見事、幻想的な雰囲気に今夜が記念日と錯覚しそう。実際は両親に謀られ、見合いをさせられた散々な一日で。検査にまで話が及ばなかったら無駄足を踏むところだったが。

「私にとっての母はいちいち芝居がかって苛々させる人よ」

「そう感じるのは桜が彼女の娘だから。あなたは演技のスイッチのオン・オフを明確に察知できる。桜のママのお芝居はとても上手よ。あ、今から主演映画を観る?」

「悪いジョークはよして。それよりベリが丘はどうだった?」

「半日じゃ回りきれなかった。明日も散策してみるつもり。桜も一緒に行かない?」
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