ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる


 翌日からベリカ大学病院での入院が始まる。

 まずは検査結果がでるまで規則正しい生活を送り、体調を整えていく。

 慎太郎は私にだけ構っている訳にもいかず、医師としての責務を遂行する。ただし忙しい合間を縫い、私の病室に顔を出すのは日課らしい。

「こんにちは、桜。気分はどうだ?」

「あなた二時間前にも同じ質問をしにここへ来たわよ? 実は暇なの?」

「はは、それだけ元気に返事が出来れば結構。ケーキとクッキーを持ってきた。食べろ」

「……お医者様が差し入れる物にしてはハイカロリーよ」

「いいんだ、桜は食事制限をしている訳じゃない。なんなら体重を増やすべきだ」

 箱に入ったお菓子を手渡し、ベッドの縁に腰掛ける。そうしながら私の髪を梳くのが好きみたい。

「このお菓子……アメリカの?」

「やはり知っていたか。お土産で貰ってな」

 慎太郎との関係はキスをして、それ以上の進展はないまま。いわく怪我人にては出せないとの事だ。

 それでも旋毛へ唇を寄せたり、恋人繋ぎをするスキンシップをかかさず仕掛けてくる。

「ほら、食わせてやる」

「大丈夫、自分で食べられる」

「いいから。俺が食わせてやりたいんだ。あーん、あーんしろ」

「もうーー仕方ない人ね」

 呆れつつ口を開ける。カラフルなクッキーは見た目以上に甘い、何より慎太郎の瞳が蕩けて甘い。

「俺さ、警戒心剥き出しだった動物が自分の手から食べてくれる喜びを知った。これは癖になるな、ほら、もう一口食え」

「あなた、私を野良猫か何かとでも?」

「まさか! こんな毛並みの良い野良猫なんていねぇだろ。あーんしろ」

「私はまるまる太らされてどうなるのかしら?」

「そりゃあ、俺に美味しく召し上がられるに決まってるだろう」

 白衣に包まれる。慎太郎は優しい。大事にして貰えているのが伝わり、満たされていく。

「医者と患者がこんな事して。叱られても庇ってあげないからね」

「休憩は法で定められた労働者の権利だぞ」

 目を閉じて頬を擦り寄せると万年筆が額に当たった。
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