ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 医院長室を出て、俺の診察室へ向かう。先輩の姿をみて頭を下げる医師や看護師は権力闘争についてアンテナを張っている。

「教授候補って噂、本当だったんですね」

「そりゃあ偉くなる為にアメリカへ行ったんだしな。皮肉な話だよな? 女関係で問題を起こすのがお前の方なんて。よりにもよって患者に手を出すとは……」

「彼女とは結婚を前提に交際するつもりです」

「だとしても、だ。伊集院家のお嬢様と路上でキスは駄目でしょ。何してんの、お前」

 我が物顔で診察室へ入り、勝手にカルテを探す。ここは元々、先輩が使っていたので買って知ったるなんとやら。

「執刀医を降りませんから。桜も俺の手術を望んでくれてます」

「ふーん、桜、ねぇ。真剣に惚れてるんだ? 伊集院家の後ろ盾が欲しいとか、トロフィーワイフとしてでなく? 個人を好いてる?」

「……そんなの当たり前じゃないですか。先輩相手でも怒りますよ?」

「ごめん、ごめん。誰だって邪推したくなるって。ベリカ大学病院の外科医と再起不能に陥ったヴァイオリニストのラブロマンス、それこそ伊集院桜の母親を彷彿とさせるでしょ? あれ、コーヒーメーカーは?」

「カフェインはやめたんです。麦茶でいいですか?」

「麦茶? 院内はあまり変わっていないように見えたけど、お前だけは色々変わったみたいだ。恋愛してカフェインをやめてーー挙げ句、出世を諦めた? 真田慎太郎、随分とつまらない男になったものだなぁ」

「先輩に面白がって貰う意味ありませんし。俺は桜と過ごせて毎日が充実しています」

「有名人と付き合えたからって浮足立つな! 俺が教授となったら、お前を側に置こうと考えている。今すぐ伊集院桜の件から手を引け!」
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