ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 慎太郎がエミリーの周辺を探っていたとは初耳だ。

「桜には朗報だと思う。真田ドクターの女性関係はクリーンだったわ、ただし」

「ただし?」

「自称彼女が一名、いるみたい。ドクターにその気は全く無いらしいけど、女性は熱心に付け回してるそう」

 サウスパークで遭遇した女性だろうか? あの時、慎太郎はきっぱり交際を断ったので彼女も諦めがついたと思われる。

「もしもツインタワーへ偵察に行くなら、こちらをどうぞ」

 エミリーが突如、ヴァイオリンケースを出す。私はすぐさまケースを抱き締めて、頬摺りする。

「新しいドクターに聞いたら、軽い演奏ならしてもいいって」

「本当? 嬉しい! でもどうしてツインタワーにヴァイオリンを?」

「ラウンジで奏者の募集があったから、あなたの経歴で応募しといたわ。伊集院桜の名前は使えなくて、橘(たちばな)にしたけど」

「……そう、橘ね。覚えた」

 慎太郎と両親の密会より、ヴァイオリンを弾ける事へ比重がかかる。

「あとドレスも着ていきなさい。テーピングが目立たないデザインを選んでおいたわ」

「エミリー、ありがとう!」

「どういたしまして。ラウンジは撮影禁止だし、楽しんできて。あ、でも無理はしちゃ駄目よ? 私がドクターに叱られちゃう」

「うん!」

 投げキッスをし、エミリーは席を立つ。

 演奏道具一式を前にした私は他を考えられず、彼女の素敵な笑みに気付けなかった。
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