ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「うわぁ、相変わらず綺麗だなぁ。伊集院婦人は」

 背後からオーナーの感嘆が漏れる。

「……そうですか? 若作りしているだけで、近くで見れば大した事ないですよ」

「橘さんは伊集院さんが嫌いなの? あぁ、君、伊集院さんになんとなく似ているねぇ!」

「似てません!」

 合点がいったオーナーについ大きな声で返してしまい、慎太郎がこちらへ振り向く。私は慌ててカーテンを引いた。

「駄目だよ、君。お客様がびっくりしてしまうだろう? ここは喧騒から離れ、夢や愛を語らう空間なんだ」

「す、すいません。あの伊集院夫妻はよく来るんですか?」

「それとお客様のプライベートを検索するのは禁止。いいね? あぁ、お連れの男性は話題のベリカ大学病院の先生だったな」

「話題の……」

「伊集院のご令嬢と結婚なんて、羨ましい。伊集院桜、ファンだったんだ。写真集も買ったよ。はぁ、相手がお医者様じゃ敵わない、イケメンだし。また新しいアイドルを探そう」

 トボトボと奥へ入っていくオーナー。
 彼は演奏を聴く耳はあるのに、私をヴァイオリニストじゃなくアイドルとして位置付けた。

「こんな所で突っ立ってどうした? 本番までまだあるよ?」

「え、あ、あぁ。少し緊張してしまって」

「それなら一杯、ご馳走しよう。一緒に演奏する記念日としてさ」

「お店に出てもいいんですか?」

「ベロベロに酔わなきゃ平気、行こうよ」

 店内に誘われ、迷う。正体がバレる行動は極力控えたいが、伊集院家と慎太郎が接触しているのを黙認は出来なかった。
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