ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「エミリーから慎太郎と両親が会うって聞いたのよ」

「マネージャーから?」

「都合の悪い話でもしていたの?」

 母は固まって動かない。いつもなら、こういう場面になると誰より先に反応するのに。

「別に都合は悪くないが……その前に何故、演奏をした? ここへ忍び込む為にか? 俺は許可してないぞ」

 慎太郎は隣に座り、手首のマッサージをしてくれる。

「エミリーが新しい医者が許可したと言った」

「新しい医者? 担当医を代えるつもりか?」

「いや、そんなつもりじゃなくて。エミリーはずっと弾いてなかった私を想って……」

「そういうつもりだろ? 俺の指示は無視しているんだし。エミリー、エミリーって彼女を信頼しきり、俺の話は聞かないんだな」

 明らかに怒りを滲ませ、慎太郎は私から手を離すとグラスを煽る。

「俺の話を聞かないんだなーーじゃなく、しっかり話してよ。私、あなた達が話している内容を知りたい」

 今度は義父へ視線を送る。義父は母を案じ、背中を擦っていた。私が睨んでいるのに気付き、首を横に振って息を吐く。

「桜、お母さんの体調が優れないみたいだ。あまり責めないでやってくれ」

「伊集院さんは私が悪いと? 演奏を聴いて父を思い出したんでしょ? 自分がどんな薄情な真似していていたのか、思い出したんじゃない?」

 母がビクリと震え、表情を覆う。

「やめるんだ。伊集院婦人を責めても、父親は返ってこない。その怒りと悲しみはあなたまで傷付けてしまう。今夜は帰ろう、送っていく」 

「……慎太郎は両親の味方なのね。こんな所でこそこそ会って、スキャンダルの揉み消しを伊集院にお願いしてた? もしくは資金援助の相談?」 

 指摘に慎太郎は図星とばかり、見開く。
< 68 / 94 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop