ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 ひとしきり泣いたらエミリーが滞在するホテルへ向かうことにする。

 病院には帰りたくなかった。携帯電話の電源を入れて、慎太郎のからの着信の有無で心を乱したくない。

 タクシーへ乗り、ツインタワーを見上げる。雨に濡れるシンボルタワーは私に何か言いだけに滲む。

 両親が結婚式を挙げた場所へラウンジでの演奏を一生忘れないと誓おう。
 楽しかった、ヴァイオリンをあんなに歌わせたのは何時ぶりだろう、思い出せないくらい。

 そして、ホテル前でエミリーが丁度帰ってきた所に遭遇する。派手なブランドバッグとキャリーケースが目印となった。

 精算を済ませ駆け寄ろうとした際、他から呼び止める声がした。

「エミリーさん!」

 私は耳がいい。水溜りを跳ねてエミリーへ近付く男性に覚えがある。

「あら、どうも」

 エミリーは真っ赤な唇を妖艶に引き上げ、彼ーー高橋を迎えた。二人は腕を組み、エントランスへ入っていく。

 後をつける真似はしたくなかったが、どうも嫌な予感がして。私はバッグの奥底で眠っていたサングラスを身に着け、彼女達と同じエレベーターへ滑り込む。

 私が搭乗しているなどとは思わず、エミリーと高橋は親しげな空気感を撒き散らす。いつのまに恋仲になったのだろう、接点は少ないように見えたが……。

 エミリーが恋愛に積極的なのは以前からなので、その点は驚きは少ない。でもエミリーの好みはハイスペックな男性であって、高橋では少々物足りない気もする。

「今頃、片翼のミューズはどうしているんだろう?」

「ラウンジの様子を見張らせてた人間からは予定通り、仲違いをしていたそうよ」

 突如始まった会話内容に腰が抜けそうになった。
< 71 / 94 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop